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2月10日に設置。自分の言いたいことを思いのまま綴る。
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1.はじめに


 今日は、戦後レイジームの端的な代物である、CAPについて取り上げようと思う。さて、CAPは以前子供権利条例のエントリーでも取り上げたことがある。そのときは、過激な性教育や、子供たちによる、大人へのカンガルー・コート(子供権利委員会)についてのみ触れただけである。
 そのため、今回は、CAPについて、別の視点から見ていこうと思う。最近本屋で、CAPやDVに関する本を見つけた。どの出版社から出ているのかみたら、すべて解放同和がらみの出版社であった。内容を確かめていたが、なぜかヤラセデータばかりを詳細(?)に掲載していたのには、呆れて眩暈を覚えた。
 ところで、この解放同和とは、宝島社の本『同和利権の真相』を読んでいただければ、ご理解していただけると思うが、北朝鮮や中核派、自民、民主、社民ときわめて強いつながりを持つ。



2.CAPを持ち上げる北陸中日新聞


 北陸中日新聞が、7回にわたってCAPを大絶賛している。もし、その内容を見られたい方がおられる場合、北陸中日新聞のNPO通信を見ていただければありがたい。もしかすると、ネットでは、6,7回目のところを見ることができるだろう。
 ちなみに、CAPはどの県でも、女性財団もしくは共生センターなどフェミ施設に集中している。富山の場合は、共生センターである。どうもよいが、富山の共生センターの看板には、「ジェンダー・プロモーション」と英文で書いてある。何のことはない。ジェンダーフリー推進を共生という漢字に直しただけである。



 1)5月8日:人権意識で子どもを守る

 初めて、富山にもCAPがあるのを知ったのは、この日の記事である。写真に出ているフェミ婆の写真を見て、リアルに嘔吐した。屋台の死にかけたひよこ宛らの姿形もさることながら、オレンジ色のでかいハートに「けんり」と書いている。しかも、これは、大人向けのワークショップなのである。
 何でも世界16カ国に、CAP教育が行われており、「子供の権利覚醒」を目指しているとのことだ。たしかに、本屋においてあった本には、アメリカやイギリスの事例を表にして書いたものがあった。しかし、どの国のもそうだが、日本のフェミが言うような、自己決定権一辺倒ではない。ましてや、子供に権利委員会をやらせる国などどこにもない、とそのCAP紹介本に書いてあった。



 2)5月15日:人の持つ力を引き出す

 どうも、解放同和・中核派的内容なので、書いているほうも辟易する。「人権意識」に基づく「安全・安心」などという表現が踊っている。
 読んでいて笑えた部分がある。富山だけが、CAP依頼が減っていると、ボヤキを入れているが当たり前である。「世間が911テロ以降、考えるのをやめて、管理・規制・権力といった自分お外に安全を求めている」と書いている。
 CAPを「担っている」その自分たちは、日ごろ人権侵害を受けているといって、裁判所に判断を仰ぐといった、私的自治や自己決定権を究極的に権力に求めているのではないか。


 3)5月22日:『安心』『自信』『自由』奪う暴力

 CAPプログラムは、「権利」「エンパワメント」「コミュニティー」の三本柱で形成されている。ここでは、やたら生きるために、「安心」して「自信」をもって、「自由」に生きることを推奨している。
 結びの言葉には、冷笑した。「自分を大切に、相手も大切に」とか言っているが、何のことはない。同和団体に属する連中は、多くが自分を大切にするが、気に入らない相手には、「人権学習会」というリンチをしでかしていることは棚に上げている。


 4)5月29日:子の力信じ地域でサポート

これを読んでいて、同和系フェミは、自己矛盾をスルーして勝手に話を進めている、というのがわかった。富山県人は、そういういい加減なところを見つけると、すぐにソッポを向く習性がある。その辺、フェミは未だに気がついていない。
 驚いたのだが、「子供を守ろうとすることが、子供の行動規制をすること」になるそうだ。しかも、行動規制が原因で、子供に無力感や不安感が助長する、とオッシャルのだ。しかも、子供は大人と同じように何でも意思表示ができるというらしい。嫌なら、「NO」「GO」「TELL」と意思表示しろ、だそうだ。
 ところが、最後でまたまた自己矛盾している。先ほどは、「子供は大人と同じだけ何でもできる」と言っておきながら、「地域の大人が子供をサポートしろ」ときている。いや、完全に切れているというしかない。


5)6月5日:被害にあったら

 フェミにとって、被害は自分のせい、ということは一切ないそうだ。しかも、被害は親に話せるとは限らないので、カウンセラーとか誰かに話せ、という有様である。いや、最近の子連れの親を見る限り、とても子供のしつけをしっかりしているようには見えないので、到底親として子供の相談にはのってやる能力がないのかもしれない。


6)6月12日:ワークショップでの生の体験

 CAPが盛んな地域では、小中高までCAPのワークショップがある。それは、「日ごろ親親類から声をかけてもらっているか」とか言って、家族不信を呼び起こさせるものである。
 また、カンガルーコート(人民裁判)の練習でもある。この人民裁判の練習で、「自分が大切な存在」とい理解できるようになるらしい。到底、信じがたい。
 最後の言葉は、扱けた。「被害者を守るだけでなく、加害者も作らない」ことのために、CAPのワークショップをやっていると自慢そうだ。


7)6月19日:困っている子に手をさしのべたい

 さて、CAP最終回も、すごいデンパである。CAPを日本に紹介したCAP第一人者の自称者、森田ゆりは、以下のように勝手に社会不信をあらわにしている。
 「学校が保護者が警察からの不審者情報に一喜一憂し、路上の不審者探しをしている間に、子供は家族や学校での暴力に傷ついている」といっている。
 止めがすごい。「困っている子に手を差し伸べたい」と言っておきながら、「子供が自分のみを自分で守る必要がある」と、またまた自己矛盾している。




3、法律面から見たCAPの問題点


 1)教育を受ける権利を侵害

 CAPにおける問題点の一つは、教育を受ける権利、つまり、「能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する」ことを侵害する点にある。
 CAPは、国家からの干渉を受けずに、自由な教育によって人格形成できるようにすることを目的にしているわけでもない。子供権利委員会という、人民裁判という究極の干渉を受け、最悪全人格否定されることにもなるのである。ましてや、同和のすすめるCAPなど、論外である。
 また、国家に対して教育施設・条件整備を請求できなくするものでもある。そもそも教育とは、学習意欲を充足するために、自己に教育を施すことを大人に要求する、子供の権利である。というのも、子供は、自ら学習することができないからである。諸氏も、それは経験済みかと思う。
 しかも、このCAPが盛んなところは、CAPがない地域と違い、正確・中立・公正・全国的一定水準の教育を受けかれる保障はないのだ。事実、CAPが盛んな地域は、同和や在日、過激派出身の教員が出張る地域でもあり、「特別事業」なるもので、著しく学習意欲や学習進展が減退している。



 2)学説から見たCAPの問題点


 教育権の学説には、国家教育権説、国民教育権説、折衷説があり、折衷説が判例(最高裁大法廷昭和51年5月21日判決)である。
 国家教育権説では、国民福祉のために教育水準を維持・確立する責務が国家に課せられている(26条:社会権)ことが強調されている。となると、「特別授業」で子供の学習機会が奪われ、将来的に日本全体の競争力が減退するだけでなく、この子供の将来自体、使い物にならない人間として、娑婆で野垂れ死にするはめになる可能性も高くなる。
 国民教育権説では、子供の生来的権利である学習権と、子供の学習権を保障する教育が強調されている。もし、CAPが主体とあるような教育が行われた際は、間違いなく子供が自分で何でも気づいて自分でやらなければならないことになる。全部の子供が、自分で「1を聞いて100を知る」とは限らないはずだ。その辺、フェミはごり押しして
子供に全部ヤラセろと言ったり、家族以外のものに聞けなどと煙をまく。
 折衷説では、子供の教育内容を決めるのは、国と親・教師としている。それに基づけば、CAPはすべてを否定し、自分と家族・学校以外のものに依存しろ、としている。
 結論として、CAPを推し進めている地域や学校があれば、「CAP推進は、憲法違反だ」と、告訴されない程度に抗議しなければならない。



4.おわりに 


今日は、CAPの問題点を、北陸中日新聞のNPO通信と、憲法の学説・判例を基にしてみてみた。ところで、現在の教育改革は問題点が多々あるのだが、しかし、フェミにとっては完全な「戦前回帰・バックラッシュ」らしい。そのため、教育基本法改正以降、急に全国で子供権利条例やCAP事業推進が盛んになってきた。
 それは、フェミにとって、安倍首相が行っている教育改革が、フェミや同和・在日・日教組等極左集団にとって利権剥奪という生殺与奪を握られる事態になるためだからだ。
 もし、今回の選挙で、自民が大敗し、民主=社民連立政権が発足した場合、間違いなくCAPや子供権利条例を教科書とする、教育体制が完備されることになる。その際、どんなに反対しても、その悪法はのしかかってくる。それゆえ、今のうちに、CAPや子供権利条例を、極右型に改造しておいて、極左連中に有無を言わせないような迎撃体制をとっておかなければならない。

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1.はじめに

 

 

 今日は、富山県射水市の子供権利条例についてとりあげる。

 さて、射水市は、昨今の平成の大合併で、小杉町新湊市大島町大門町下村が合併してできた人口9万あまりの街だ。この街には、童話を専門に扱う図書館もある。最近有名になったといえば、外国人犯罪である。パキスタン人が、中古車不正輸出で2匹逮捕された事件が先週起きた。元々、ロシア人の路上強盗や、日系ブラジル人の商店街強盗が頻発している、富山における外国人犯罪の『メッカ』である。

 ココまで見ると、どうも子供権利条例が制定されたり、制定されそうになる地域は、不逞外国人が増殖中の地域であることが、共通項として浮かぶ

 

 

 

1.条例の内容

 

 

1)小杉町子供権利条例

 

 元々は、合併前の小杉町で制定された条例である。同志のブログでは、「子供権利条約の影響を受けた条例」となっていた。ちょっと覗いてみた感じは、そのように見受けられた。ただ、ちょっと安心したのは、子供の権利がやたら拡大解釈されず、公共の福祉の範囲内にとどめている点である。以下に、その内容を掲載しておく。 

(安心して生きる権利)

6条 子どもは、家庭や社会の中で個人として理解され、愛情に包まれて、安全にそして安心して生きるために、主として次に掲げる権利が保障されなければならない。

(1) いのちが尊重され、守られること。

(2) 健康に配慮され、適切な医療の提供が受けられること。

(3) あらゆる形の差別を受けないこと。

(4) 虐待、体罰、いじめ等を受けないこと。

(5) 大人の欲望のために、不当な扱いを受けないこと。

 

(自分らしく生きる権利)

7条 子どもは人格が尊重され、ありのままの自分が受け入れられ、自分らしく生きるために、主として次に掲げる権利が保障されなければならない。

(1) 個性や他の人との違いが認められること。

(2) プライバシーが不当に干渉されないこと。

(3) 安心できる場所で自分を休ませ、又、余暇を持つことができること。

(よりよく育つ権利)

8条 子どもは、社会の中で一人の人間としてよりよく育つために、主として次に掲げる権利が保障されなければならない。

(1) 適切な生活習慣を身につけること。

(2) 学ぶこと。

(3) 遊ぶこと。

(4) 文化芸術、スポーツに親しむこと。

(意見を表明する権利)

9条 子どもは、自分に影響を及ぼすことがらについて、意見を述べる権利を有する。子どもの意見は、年齢や成長に応じて、それにふさわしい配慮がなされなければならない。

(表現の自由の権利)

10条 子どもは、表現の自由の権利を有する。ただし、この権利の行使にあたっては、他の人の権利を侵害せず、公の秩序に反しないものとする。

(仲間と集う自由の権利)

11条 子どもは、仲間と集う自由の権利を有する。ただし、この権利の行使にあたっては、他の人の権利を侵害せず、公の秩序に反しないものとする。

(支援を受ける権利)

12条 子どもは、自分を守り、守られることができる。そのためには、その置かれた状況に応じて、必要な保護や支援を受けることができる。

3章 家庭、育ち・学びの施設、地域における子どもの権利の保障

(家庭における子どもの権利の保障)

13条 親等には、子どもの権利の保障に努めるべき第一義的責務がある。

2 親等は、子どもが権利を行使する際に、その子どもに応じた適当な指示と指導を含む必要な支援に努めなければならない。

3 親等は、子どもに対して、虐待や体罰、その他不適切な養育を行ってはならない。

4 親等は、子どもを養育するにあたって、町から必要な支援を受けることができる。

(育ち・学びの施設における子どもの権利の保障)

14条 施設関係者は、子どもが教育を受ける権利や、保育を受ける権利を保障するために、物的及び人的環境等の整備に努めなければならない。

2 施設関係者は、子どもが安全な環境で、安心して活動できるように、災害発生の防止に努めなければならない。

3 施設関係者は、いじめの防止に努め、虐待や体罰を行ってはならない。

4 施設関係者は、子ども本人に関する文書等を適切に管理しなければならない。

5 施設関係者は、親等、町、関係機関及び関係団体と連携を図り、子どもの権利が保障されるように努めなければならない。

(地域における子どもの権利の保障)

15条 地域社会は、子どもの権利を保障するために、地域が子どもにとって、安全で安心して心豊かに過ごせる場となるように努めるものとする。

2 地域社会は、子どもが地域の一員として、社会参加できる機会の確保に努めるものとする。

3 地域社会は、親等、町、施設関係者、関係機関及び関係団体と連携を図り、子どもの権利の保障に努めるものとする。

4 事業者は、雇用する子どもに対し、権利の保障に努めるものとする。
5 事業者は、雇用する町民が、安心して子どもを養育できるよう配慮しなければならない。又、養育する子どもの権利の保障のために、必要な活動をすることを妨げないように努めるものとする。

4章 子どもの権利の侵害に関する相談及び救済

(相談及び救済)

16条 子ども又は親等は、町及び関係機関、関係団体に対し、子どもの権利の侵害について相談し、又は権利の侵害からの救済を求めることができる。

2 町は、子ども、親等及び町民からの、子どもの権利の侵害に関する相談窓口を置くものとする。

3 町は、前項の相談を受けた場合には、関係機関及び関係団体と連携をとり、子どもの権利の侵害からの救済を図るよう努めなければならない。

 

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2)北陸中日新聞・とやま:(612日、14日)

 

 この新聞は、本当に過激派御用達である。電話で、高岡支局のほうに問い合わせたが、子供権利条例の「すばらしさ」を語って見せてくれた。聞いていて、反吐が出そうになったが、取材の一環として我慢していた。この記事は、出口有紀記者が書いている。一応、高岡支局の電話番号を出しておく。  0766-22-0676である。

 

 ⅰ)12日の記事

 

 なんと、この過激な権利条例について、「権利保障が少なすぎる」とほざく議員がいた。名前は、小島啓子社民党議員である。何でも、「意見表明権に制限条項があるのが気に入らない」そうだ。たしか、小杉町時代の条例にも、10条には、「(表現の自由の権利)

子どもは、表現の自由の権利を有する。ただし、この権利の行使にあたっては、他の人の権利を侵害せず、公の秩序に反しないものとする。」となっている。

 11条にも、「公の秩序に反しないように」という表現がある。考えてみなくとも、当然至極である。公共の福祉に反しない限り、現行憲法下では、権利は保障されている。特別地方公務員になっていながら、中学生レベルの理解力もないのか?と、同じ富山県人として、穴があったら入りたいくらい、恥ずかしく思う。

 あと、呆れたのが、この議員、「男女共同参画条例と同じように、理念・重要性を全文に書き込め」と命令口調だったことだ。しかも、宮林保健部長に再質問しながら、しつこく強要している。

 

 

 

 ⅱ)14日の記事

 

 この条例案は、13日の福祉病院委員会採決で、全会一致で可決した。採決にいたるまで、自民党系議員、社民党議員、共産党議員から反対があった。自民党系議員は、石黒議員と、吉野議員である。「パブリックコメント56件の意見が反映されていない」ということである。どういった内容だったのか、この新聞社は今のところ語ろうとしない。

 社民党議員の帯刀氏は、「推進委員会の運用方法も定めろ」と要求している。なんでも、理念だけでは、『仏を作って、魂入れず』というのが理屈らしい。共産党の津本氏は、なんと、条例は『ランドマーク』なんだそうだ。条例のレベルがダウン気味だといっている。

 20日の本会議で採決されるようだが、自称市民団体が議場に乱入して紛糾するのは目に見えている。委員会採決で全会一致というのは、おそらく分家市長が党議拘束を発動したのだろう。無理もない。社民・共産系議員のいうことを真に受けていたら、議会は空転するのは、国会でもご存知のとおりである。

 

 

 

3. 子供権利条例の危険性

 

 この条例は、実に問題ばかりある。小生のブログ記事においても、一度掲載している。

 

http://okbokujyou.blog.shinobi.jp/Entry/33/

 

 今回は、日本会議の資料で、目に付いた事項を取り上げようと思う。埼玉県にも、子供権利条例がある。これは、県レベルのもので、『埼玉県子供の権利擁護委員会条例』という長ったらしい名前で、平成14年に定められている。何でも、翌年に『あなた達の権利』というパンフレットが配られ、それ以降狂ったようである。なんと、給食を食いに学校に登校し、喰いおわったら、授業も受けずに集団下校するというのである。そのいい訳たるや、「自分たちは給食費を払っているのだから、給食を食べる権利がある」と、呆れたものである。

 川崎市の最新情報がある。なんと、人権学習の一環として、『ありのままの自分でいる権利』が小学校低学年から配られている。おかげで、授業中マンガを読んでいたり、教科書を見ながら答案を書いていたりするようだ。しかも、教員は注意してはならない規則になっている。なぜなら、訴えられた場合、異議申し立ての機会が与えられていないため、どんなに正論であったも、子供たちの私的制裁の餌食にされるのだ。

 

 

4.     おわりに

 

 射水市の権利条例改正には、社民・共産議員の並々ならぬ、過激派根性が丸見えであった。どうやら、今回の改正案は、岐阜県多治見市(平成16年制定)の条例を、下敷きにしたものを考えていた節がある。というより、高岡支局の記者の話で明らかになったことであるので、間違いなさそうだ。どのような内容かは、今のところ、定かではないが、似非保守のフェミ議員の選挙地域であるので、相当酷い代物なのだろう。

今回、時間の関係上、あまり詳細な内容をアップできなかった。次回以降、この条例に触れる際は、詳細な内容をアップしようと思う。また、小生の町の条例に関する動きが明らかになり次第、おいおいお伝えする。



Ⅰ:はじめに

 小稿において、フェミニズム・ジェンダーフリーの弊害と背景を考察する。フェミは、相変わらず言論統制に熱中している。千葉の堂本などは、そのための機関を拵えて、マスコミや教育機関に圧力をかけている。その手法は、男女共同参画局が手放しで「賞賛」するものだから、全国各地で同様の組織が出来てしまう。
 小生の町では、男女共同参画条例が共産党議員と、中核派の手によって拵えてあった。しかも、随分早い時期に通過していた。そのノリで、子供権利条例を「パブリックコメント」をアリバイにして、またぞろ議会に圧力をかけてきている。小生は、反共産党で結集する議員や一般人に、急遽呼びかけを行っている。そのため、今月以降はしばらく更新が途絶え途絶えになる。手前勝手だが、対案となるものをつくるため、了承していただきたい。


Ⅱ:フェミニズム・ジェンダーフリーの伝播


 1.悪影響

 まず、悪影響がどうして広範囲にわたって伝播したのか、その原因となった思想を紹介する。日本の場合、桑原武夫や丸山眞男が、「家族否定、恋愛否定、貞操否定論で、男女は相性など考えず、衝動や性欲望のままセックスをすべし」と「説いた」。そして、社民党系支持の日教組と、共産党系支持の全学が共闘して、全国の教育現場に赴いて、自虐的歴史観「伝播」と両輪で「実践」していった。
 つまり、彼らアダルトチルドレンは、安保闘争に夢敗れて、就職先に困った挙句、教員免許を取って、反日運動を展開したことを意味する。また、法律が理解できた連中は、自由法曹団に所属する弁護士となっている。大抵は、DV専門であり、そのほかは、鼻つまみ者ばかりである。代表格が、住田弁護士であろう。なんでも気に入らない男女がペアになっただけでセクハラになる判例を、大量に拵えている。いい加減、このようなフェミ婆弁護士は、法の裁きを受けさせ、厳罰に処したほうが世のため人のためになる。


 2.核となる「思想」


 以下がフェミニズム・ジェンダーフリーが、共産主義であることを示す証拠である。また、河野談話や村山談話を遙かに上回る、国益を損ねる代物であることも理解できるのではないだろうか。


 1)エンゲルス(マルクスの遺稿利用)

 『家族・私有財産・国家の起源』(マルクスの遺稿「古代社会ノート」を種本)

「生産手段が共同所有に移るとともに、個別家族は社会の経済単位であることをやめる。私的家政は社会的産業に転化する。子供たちの扶養と教育は公務となる。嫡子であろうと庶子であろうと一様に、すべての子供たちの面倒を社会がみる。それによって今日、乙女が思いわずらうことなく恋人に身を委せるのを防いでいるもっとも重要な社会的(道徳的ならびに経済的)要因をなしている『結果』に対する心配がなくなる」


→子供の養育を含む家事の大部分を家庭から切り離し、「社会的産業」へ組みこむべきだと主張

→ 「家族の解体」と「国家の弱体化」


 2)レフ・トロッキー

 『裏切られた革命』

「革命は、いわゆる『家庭のかまど』すなわち勤労階級の女性が幼時から死に至るまで苦役を勤めさせられるあの古風な、かび臭い、よどんだ施設を破壊しようという英雄的な試みをおこなった。

 構想では、病院、託児所、幼稚園、学校、公衆食堂、公衆洗濯所、病院、スポーツ施設、映画館、劇場等々といった完備された社会的な介護・サーヴィス制度が、閉鎖的な零細企業である家庭にとってかわることであった」


→家事を「苦役」と断定し、それを代行する社会主義施設の「英雄的」役割に期待をかけている


 3)ルソー

 「人間不平等起原論」


「理想的人間である未開人は、女性であればだれでもよいのである。(未開人の各人は静かに自然の衝動を待ち、熱狂よりはむしろ快感を感じながら、選り好みをせずにそれを身にまかせる。そして、要求が満たされれば、欲望は完全に消え失せる」

「社会と法律が弱い者には新たなくびきを、富める者には新たな力をあたえ、自然の自由を永久に破壊してしまい、私有と不平等の法律を永久に固定し、巧妙な簒奪をもって取り消すことのできない権利としてしまい、若干の野心家の利益のために、以後全人類を労働と隷属と貧困に屈伏させたのである」

「果実は番人のものであり、土地は誰のものでもない」

→破壊することによって、野生の生き物と同じく、理想というべき未開的・野蛮的な自然に回帰する,私有が禁止された共産社会を主張


→不平等=差別という幼稚なレトリックに陥る可能性がある


Ⅲ:フェミ思想「教育」

 1.対日工作の一環

 フェミは、日本人が重んじてきた「恥じらい」を破壊しつくした挙句、DV、セクハラ、ストーカーなどと外来語を持ち込んで、少子高齢化をさらに推し進めている。中共による「日本解放」の一端を担うだけあって、日本の国力を多いに損ね続けている。その「ご褒美」が、太田大阪府知事を『国賓待遇』での招待である。

 2.安倍首相に送られたフェミ「加害」

 フェミが、教育現場でおかしげなことばかりやっている。その一端を紹介する。

○幼稚園で男性性器や女性性器の絵を見せて、園児に部位の名称を先生の後に続けて言わせていた

○教育委員会が主催する子育て講座などで、頻繁に“人間と性”教育研究協議会の代表者(村瀬、高柳)が講演、1年生からペニスやワギナという呼称を教え、4、5年でセックスを教える

○男女混合の組体操で男の上に女が乗ったり、男女交互に並んで体を倒す波(異性の股間に頭を倒します)をした

○毎年中学生に性教育を担当している三島の産婦人科院長は子供達にピルを飲むと肌が綺麗になる、コンドームを使って性交するように指導している

○通っていた市立の幼稚園でペニスやヴァギナを教え、性行動を教え赤ちゃんができる様子を園児に教えていた

○平成12年、エイズ教育研究指定校において、犬の性交が描かれたイラストを使用して性交の授業が小学校1年生で行われた

○男女混合騎馬戦

○広島市では小学生の時から性器の絵を見せたり名称を教えて「赤ちゃんはどこから生まれるか」を教えている。また自然分娩のビデオや腹部から赤ちゃんを取り出す帝王切開のフィルムが上映された。人工妊娠中絶に使用する「鉗子」を見せる学校もある。

○大分市では小学校1年生から自分を知るということで一人一人鏡を持たせて性器を見せる授業をしている。


○大分市では小学校1年生から自分を知るということで一人一人鏡を持たせて性器を見せる授業をしている。「きんたまのはなし」という紙芝居を用いると指導案に記入がある。また親が中学1年生の授業を体験する地区研修会では「結婚しなくてもいいんですよ。自由です。自分が生きるのだから自分で決めていい」との説明もあった。


Ⅳ:上野千鶴子の妄言

 上野千鶴子は、フェミにとっての金日成である。つまり、「神格化」された偶像である。その「偶像」がどのような妄言を吐いていたのか、諸氏に公表しようと思う。元ネタは、上野千鶴子『スカートの下の劇場』批判である。Wikipediaにも掲載されていたが、昨年7月を境に、削除されてしまっている。よって、これは、それ以前に保存した内容である。汚い面構えをしているだけあって、根性も脳味噌構造もおかしげである。「男憎し」で凝り固まった、初期型フェミの特徴を備えている。

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 「批判」
・『マザコン少年の末路――女と男の未来』(河合文化教育研究所、1986年)で、先天的早期脳障害の自閉症や、登校拒否(不登校)はマザコン(マザー・コンプレックス)が原因であると非科学的な主張をして、自閉症児を持つ親の会などから抗議を受けた。後に、その批判も併記して出版しなおされることとなった。しかし、上野はこの言説について撤回や謝罪は未だに一切していない。
・ホモセクシュアル(男性同性愛)とホモソーシャル(男性社会)を混同する無知を浅田彰に指摘されたことがある(後に訂正)。他に、「私は同性愛者を差別する」と書いたり、女性同性愛者を「オマンコシスターズ」と書いたことで、同性愛者団体やレズビアンから抗議されたことがある。
・『男流文学論』では、ある文豪を「マスをかき過ぎて死んだ猿」と罵倒し、こんなものは文学論ではないと厳しい批判が巻き起こった。
・1980年代に、雑誌『テーミス』(現在廃刊)で人生相談を連載していたことがあり、恋人ができないという悩みを寄せてきた若い男性に対して、「うふふふ、ウブですね~。女の股を開かせることもできないなんて。(略)どうすればいいのでしょうね。あなたみたいなモテない男がいるから性産業がなくならないのですよね。性犯罪に結び付かなければいいですね」などと誹謗中傷・名誉毀損を伴う返答をしたため、批判が殺到した。
・『サヨナラ、学校化社会』で、かつて自分が勤務していた京都精華大学を「4流大学」と書き、物議をかもした。
・1989年、『月刊 ASAHI』で「女による女叩きが始まった。曽野綾子現象を解剖する」を寄稿し、男が女を批判するのは分が悪い。そこで女どうしの戦いを演出していると主張した。この文章は、「~だもんね」などと表現されていたために週刊ポストは、「『だもんね』論文に批判殺到」と記事にし、西部邁は「真面目な話題を『だもんね』などという茶化した言葉で誤魔化している」と批判。曽野綾子も「少々若作りな薄汚い言葉を使うのは止めなさい」と批判した。
・『ジェンダー・フリーは止まらない』(松香堂)にて、「女は嫁に行くのが一番だ、と私は信じています」といった個人的信条を犯罪として取り締まるべきだと主張したため、ファシズムではないかと批判が広まっている。

「講演における問題のあった発言の数々」
・2000年12月に開催された講演
-「男女共同参画社会基本法が可決された。しかも全会一致で、私はこのように思った。この男女共同参画社会基本法がどのようなものか知っていて通したのかよ~と(笑)」
-「これにより後で保守系オヤジどもを地団駄踏んで悔しがらしてやる」
-「亀井静香ような信念をもったオヤジは死んでもらうだけだ」
-「ジェンダーフリーという言葉を使わなくても、痛くも痒くもない。使うなと言われたら、『男女平等』という言葉を使って、スリ返ればよいのです。そんなに大騒ぎするほどのことではない」
-「ジェンダーフリー・バッシングをする人には、『それなら、あなた、男女平等には反対ですか、男尊女卑は好きですか』と畳み掛ければ、言葉がつまります。彼らは絶対にそうは言いません。選挙に落ちるから」
-「だいたい、男女共同参画法を通したのは、不勉強なおじさんたちです。不勉強だったんですよ。無知。それで、通ってから、 変革のお嫌いなおじさんたちは、気が付きました。それで、いまさら攻撃しています。ざまあみろ。あはは」
-「ジェンダーフリー・バッシングの急先鋒に女の議員が立っている。高市早苗と山谷えり子だ。そんなに男に頭を撫でてもらいたいのか。はははは」
・日本型民主主義制度を悪用して、審議会委員や役人たちも真の意味を知らないまま答申が作られ、それに基づいて国の男女共同参画基本法が策定されたのだ。 大沢真理は、男女共同参画基本法の真に意味するところを積極的に情報開示せず、委員らを丸め込む。そして国会審議も同じ手で乗り切った。
-「通してしまえば、あとはこっちのもの」というわけだ。 通ってから、変革のお嫌いなおじさんたちは、気が付きました。それで、いまさら攻撃しています。「ざまあみろ。あはは」
・ジュンク堂書店で2005年に行われた講演で、聴衆の一人の男性の、「就職活動が不安だ」という声に対して、次のような旨の発言をし、侮辱的中傷を加えた。
-「最近の東大の男の子も、『就職活動が怖い』って言うんです。それは、母親から精神的に自立できていないってことなんだろうね。人間って成長していくに従って、何が出来て何が出来ないのかを自然と知っていくものだけど、今の若い男の子は、そういう経験が無いんだろうね。もう、これは色々な経験をして、『あ痛たたた・・・』っていう経験をするしかない」

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Ⅴ:おわりに

 フェミの首領、上野千鶴子は、小生が生まれ育ち、今も生活・仕事をする町出身者である。この間の都知事選で、石原知事が三選したら、東京を出て行く、といったそうだ。多分、故郷に戻るつもりだろう。それが、どのような腐った野朗であったも採る行動である。そのため、共産党議員が、子供権利条例制定に動き回るのだろう。つまり、上野を呼び寄せる露払い役、というわけである。
 小生は、今回より実践的行動に打って出る。手法は、町の有力者や宗教者、保守思想をもつ議員に対案を見せ、請願しに行くことを考えている。目下、その対案作りに奔走している。この対案を可決させるために、さらに攻めの行動をとる。男女共同参画条例も、市川市の例にならい、骨抜きにする。
 次回より、更新が遅れ気味になるが、ご理解を賜りたい。


Ⅰ:はじめに

 小稿において、ジェンダーフリー教育問題の核心というべき「非指示教育」についてとりあげる。非指示教育は、アメリカ生まれの教育の一手法である。そして、本場アメリカでは封印された「ゾンビ」でもある。これが、欧州や日本では最新の教育方法としてもてはやされているのであるから、漫才というほかない。

Ⅱ:非指示教育

 1.問題点

 この手法の問題点は、大人が善悪を子供に教えるべきでないという、道徳やしつけを完全に否定した「理想の人間=オラウータン」という、ルソーの思想の流れを組んでいる点にある。

 1)ルソー思想

 ルソーは、『エミール』という教育小説で、「(人間は)万物をつくる者の手をはなれるとき、すべてはよいものであるが、人間の手にうつるとすべてが悪くなる」と述べて、子どもを自然のままに教育することを主張した。
 つまり、彼は、人間の自然能力の開発への妨害となる要因、すなわち既成の体系的文化や道徳的・宗教的観念の注入を除去しながら、人間を自然のままに成長させていくと主張した。


 2)カール・ロジャース

 ⅰ)思想と手法

 ルソーの教育小説を、現代に復刻させたのは、カール・ロジャースである。カール・ロジャースは、セラピストであった。「非指示的」アプローチをカウンセリングに持ち込み、学校教育にも大きな影響を与えた。
 ロジャースは、従来の伝統的なカウンセリングはカウンセラー中心的で指示的であると批判し、方向性を与えず善悪の判断をしない「非指示的アプローチ」によるカウンセリングを主張した。この方法は学校における価値教育に適用され、教師たちは善悪の価値に対し、生徒たちに自分自身で価値を発見することを望み、善悪の判断を下すことをやめるようになった。

 ⅱ)過ちと悪影響

 ロジャースは、子どもが「自尊心」を持てば、その子どもは悪いことをするはずがないと誤認していた。彼の「非指示的アプローチ」は、自尊心を育てることを強調し、大人が子どもに自分の判断を押しつけると、子どもの自尊心を損なう、と主張した。
 ロジャースの理論は60年代、70年代と、米国社会が混乱していくにつれて広まっていった。多くの米国人が過去の文化的価値観は継承するに価しないものと考えるようになり、青少年たちは自分たち独自の価値観を発展させたほうがよいと考えるようになった。
 学校教育でも価値相対化が進み、クラスでは「正しい答え、間違っている答えというのはない」となった。さらには性教育にも非指示的アプローチが取り入れられ、個人の性の自由と権利が主張され、禁欲ではなく、避妊を中心とした教育となっていった。


 2.批判

 心あるアメリカの教育者のウィリアム・キルパトリック(ボストン・カレッジ教授)氏が、「米国道徳教育の失敗と人格教育の新しい試み」という論文で、警鐘を鳴らしている。

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◆レイプを容認する子供たち


 どのような害がもたらされたのか、一例をあげてみよう。

 数年前、ロードアイランド州にある「レイプ・クライシス・センター」が、全国の6年生から9年生1,700名に対して、レイプに対する意識調査を実施した。この調査結果を見て驚いたのは、調査した男子の65%が「レイプは一定状況下においては容認できる」と考えていたことである。その「一定状況」の一つは、男性が女性を誘って20ドルくらいのお金を使うような場合である。また、もう一つ驚いた点は、多くの女子がやはり「レイプは特定状況下においては容認できる」としていたことである。

 この調査結果に対して、「なぜ、学校で価値観教育をしないのか」、あるいは「性教育をしないのか」といった疑問が上がった。それに対する回答は、「もちろん、そういう教科はある」で、確かに過去20年にわたって、こうした教育課程は急増している。また近年、価値観教育、性教育に対して、膨大な予算と人材が投入されてきた。そこで、こうしたプログラムが、現実に解決すべき諸問題に対して本当に有効なのかどうか、疑問が呈されたのである。

 「なぜ、善悪を見極めることができないのだろうか」。善悪の違いについて、私たちが十分教えていないからともいえる。あるいは、その代わりに「実験的方法」(子供自身に道徳性を確立させようとする実験)に頼っているからともいえる。この実験はさまざまな名称で進められている。例えば、「価値の明確化」(Values Clarification,教師が価値を教えるのではなく、生徒が自分の価値観を明確にできるよう助けるという手法)「道徳の理論化」「自己決定」「批判的思考」あるいは「生活技術」などである。

 
 道徳教育における実験の結果も、爆発的なものであった。子供たちが大人の指導なしに、自ら「道徳性」の基準を作り上げてしまうとどうなるかは、火を見るよりも明らかである。1940年代から50年代において、教師たちは、子供がガムを噛んだり、廊下を走ることを気にかけていた。しかし、今日では、暴行や強盗、レイプの心配をしている。


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Ⅲ:非指示教育脱却にむけた動き

 このような馬鹿げた倫理教育は、結局のところ、教育現場の荒廃だけでなく、アメリカ社会を見ての通り、犯罪大国へ行き着く。そのような問題を、こつこつと修復しようとアメリカでは、古きよき時代の教育方法に戻している。

①子供に対して模範を強調し、良い行動習慣を身につけるよう奨励する。
②良い行いとは何であり、また悪い行いとは何かについて、直接に子供たちに話す。
③学校環境やエートス(学校の校風)を作り上げる(校則、衣服に関する校規、表彰・報奨金制度、学校や地域社会に対する奉仕活動などに関心を向けさせる)。


 以上三手法で、子供たちへ倫理観を身につけさせようとしている。ただし、これは、一部の州では未だに実践されていない。未だに、リベラリストの勢力が強い場合、コンドーム教育重視という地域もあるようだ。


Ⅳ:日本の現状

 日本の教育方針といえば、日教組の自由放任主義、「平和教育」「ジェンダーフリー=フェミニズム教育」が挙げられる。日教組がこしらえた「ラブアンドボディ」なる本が、TVタックルで取り上げられていたが、セックスや中絶の「自己決定」を元に、「非指示教育」を実践していることが紹介されていた。フェミニストの田嶋陽子や樋口なる代物が、「いい本だ」などと、大喜びしていた。つまりは、とんだ噴き飯物の教育である証左である。
 非指示教育は、なんの判断基準を持たない子供に、勝手にしろという無責任さに満ち溢れている。このような方法では、人格形成がなされない。行き着くさきは、人間性の崩壊と獣性の社会到来である。未来の子供たちのために、非指示教育は廃止すべきである。
 以下が、日教組が推し進める、日本版非指示教育である。

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私たち日本教職員組合(日教組)は、1947年に結成された日本で最大の教職員組合です。私たちは結成以来、教育の現場で、子どもたちが夢と希望を持てる教育の実現のため、子どもたち、保護者の皆さん、私たち教職員、地域の皆さんとともに歩んでまいりました。私たち日教組は、このような教育の現場作りを、平和・人権・環境・民主主義・ジェンダーを基本の理念として、次のような具体的の取り組みを続けています。

①私たちは地球市民:世界の平和と「個性豊かな文化」の創造と、異文化を理解するための教育の実現
②社会の一員だよ:豊かな人間関係を基礎に、子どもたちの、出会いたい、つながりたい、という気持ちが実現できる教育を
③違っているからステキ:「共生」の時代へ! 地域の多様な子どもたちが、いっしょに学びあう学校づくりの実現
④自分らしく生きよう:男女共学は男女平等社会の基本。一人一人の輝きを大切にする教育の実現
⑤学校をよくしていこう:民主主義の主人公になるために、「自分たちのことは、自分たちで決める!」ことのできる教育の実現
⑥みんなの学校にしよう:「30人以下学級」など、学習環境・教育条件の改善、子ども・住民参画の学校づくりの実現


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Ⅴ:おわりに

 安倍首相が、教育改革に熱心である。しかし、内実は、学習量が1割り増し、愛国心教育、主権者教育、伝統重視の実践にとどまる。安倍首相自身が、親米「保守」であるため、英米の物まねに終始している。日本には、日本文明の尊さを教え込む教育が必要である。つまり、勤勉、家族、愛国、地域愛、伝統、慣習といった要素である。
 小生は、自民党の教育改革プランは、民主党よりはマシだが、力不足を感じる。よぅて、維新政党・新風には、是が非でも、独自の教育改革手法を力説し、議席確保を必ずや実現していただきたい。


Ⅰ:はじめに

 小稿において、破廉恥極まりないフェミの犯罪行為を取り上げる。フェミは、常に男や主婦を敵視している。まるで、核心階層や党幹部階層が、敵対階層や動揺階層に対するかのようである。
 フェミは、男がとる言動一つ一つ粗捜しし、言葉狩りをする。『柳沢発言』自体、元々全体を見れば、問題のあるモノはなかった。しかし、解放同和張りの枝葉末節を揚げ足取りするマスコミの『テクニック』で、たちまち問題発言に「微細加工」される。
 おかげで、福岡のとある町の条例で、「オイワイ」禁止条例が制定されてしまった。痛恨の極みである。まだまだ、地方ではメディアリテラシーが、十分機能していないようだ。今後の、対メディア戦略を再検討せざるをえない。


Ⅱ:猥褻物陳列罪

 1.フェミの破廉恥騒ぎ

 フェミは、サヨクであり、そして恥知らずである。おまけに強欲であり、特定アジアの走狗でもある。構成メンバーは、ほとんどが在日か解放同和である。よって、一般人が眉を顰めるようなことを、真顔でやってのける。
 また、フェミ関連雑誌『ミセス』では、「家庭内不倫の奨め」なるものをやっていた。表紙の題材自体、見ただけで強力な嫌悪感を覚えたが、「敵陣偵察」のため中身を見れば、単なる近親相姦の薦めに過ぎなかった。中身は、実にキモイものである。あまりに酷いので、2,30秒で閉じた。実際の話、家路の途中、数回嘔吐をした。


 2.破廉恥行為の数々

 1)青森市市民文化部男女共同参画課の「女祭り」

 青森市市民文化部男女共同参画課の「女祭り」イベントで、バイブガールズ(ラブピースクラブ)が「大活躍」だ。「男性中心的な性文化が氾濫しているのが現実である。今一度、自分の身体は自分自身が所有していることを意識するために、女性自身が自分のセクシュアリティについてジェンダーを通して考え、自分の言葉で語り合う機会としたい。」と称し、男非難を繰り返していた。坂井恵理、星野美代子、柏原登希子、日野昭子、深町純、深町玲、西村由美子、飯田ゆめ、武藤香織、北原みのり、が寸劇のメンバーであった。
 この「危険な火遊び」は、産経にスッパ抜かれた。痴女集団による痛すぎる概要を紹介する。

①女性の性器の気持ちを4人のメンバーがそれぞれ演じる。
②被っているものは・・・女性性器
③公衆の面前でバイブを口にくわえる
④寸劇をみて「女性が性について言ってはいけないと洗脳されていたような気がする」とか言っている


 2)渋谷ライブハウス:女性限定イベント「女祭」

 次が、真打である。あの犯罪者議員、辻本清美についてだ。「彼女」は、バリバリのフェミニストで、媚中・北の元過激派である。また、同時に、拉致否定者でも「有名」である。加えて、フェミであるが、珍しく男にもてるらしく、遍歴も「多種多様」である。同棲している過激派メンバーとは、事実婚の仲である。週刊新潮が、この破廉恥騒ぎをスッパ抜いた。

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「アダルトショップ」主催イベントで講演した「辻元センセイ」

10月1日午後八時半。渋谷のライブハウスで行われていた女性限定のイベント「女祭」の一幕である。
休憩時間のオークションに出品されたのは、鮮やかなパープルの色合いをした巨大なバイブレーターだった。
しかもこのイベントのメインゲスト、辻元清美代議士が油性マジックで書いた「直筆サイン入り」という大変な希少価値を持つ素晴らしい一品だったのだ。
結局。20代から50代と思しき女性まで3~4人が競り合い、「辻元清美サイン入り」バイブは、定価プラス二千円の八千円で落札されたのである。
無論コレは日本に一本しかない超レア物だ。


入場料6000円のイベントで100人ほどの客を集めた「女祭」の主催者は南青山にある女性専用のセックスグッズ店「ラブピースクラブ」で、そのオーナーはフェミニズム運動の世界では名の知れた北原みのり氏(34)である。

辻元代議士以外のゲストも笹野貞子・元参議院議員の娘でレズビアンを告白した歌手、笹野満ちる氏(37)や、70年代にデビューしたものの「レイプフィーリング」という極で放送禁止処分をうけたブルース歌手の小林万里子氏(51)、いずれも筋金入りの「女権拡張運動家」といって差し支えあるまい。  


「女祭」を訪れた女子大生に話を聞くと「20代、30代の女性が半分ぐらいでしたけど、化粧ッ気のないすっぴんの方がほとんど。

 
 女子大生が続ける。「凄く驚いたのは、トークショーやライブの盛り上がり方は普通じゃないんですよ。ゲストの人が”女性が男性に虐げられている”という主旨の発言をすると、 ”そうだー”とか”ふざけるなー”とか会場のあちこちから一斉に叫ぶ声と拍手が聞こえてきて、強烈な連帯感と仲間意識が伝わってきました。」

 特に小林万里子氏が、「女は便所、男の便所」という歌詞の「便所ブルース」を歌ったときや、 笹野みちる氏が「性差別」の歌を熱唱したときには、会場全体が異様な熱気に包まれたという。


「天空のように澄み切った透明度の高いスカイブルーの政党である」という素晴らしく爽やかな前文から始まる社民党の党則には、「党員たる品位を汚す行為を行った場合」は処分の対象になることが明記されている。バイブレーターにサインして喜ぶ代議士を見て、引退した土井たか子前党首はどんな心境だろうか。

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Ⅲ:その他フェミ犯罪行為

 1.練馬区

 フェミは、そのほか、怪しい工作活動に邁進している。
 昨年の練馬区の人権・男女共同参画課が企画した 講談「女(ひと)と 男(ひと)聞いて 笑って トライしよう」というものがあったそうだ。
「ある家族の生活模様を語りながら、女と男の人権や男女共同参画について語る」とのお題目を唱えているが、なぜ女が先に来るのか、不明である。これぞ言葉狩りではないだろうか?解放同和による、人権啓発ビデオ鑑賞会となんら代わり映えしない。


 2.荒川区・豊島区
 
 あと、荒川区は、女性起業を目的とした相談会か離乳食の講義が主のようだ。豊島区は、メディア・リテラシーの確立、自己表現(アサーション)と対等な関係、DVに関するものだ。
 前者は、まだ我慢してみることが出来るが、後者のほうは、正視できるようなものではない。DV冤罪が表面化しているというのに、まだDV啓発を行う有様である。


 3.外患誘致デンパ

 大田区、台東区、新宿区になると、かなりのデンパ振りだ。特に、新宿区は、なぜか男女共同参画・平和担当となっていて、似非平和運動と反米活動までやって見せている。
 しかも、新宿区には、ウィズ新宿なる特別な施設があり、参加団体も、「自分ができる平和・人権・女性運動(あごら)」「出生差別の法改正を求める女たちの会」「新宿女性史研究会」と香ばしい限りだ。

http://www.escenaota.jp/event.html
http://www.taitocity.net/habataki21/03-1.html


 おまけだが、フェミニストの牙城、内閣府男女共同参画局はここである。
 
http://www.gender.go.jp/


Ⅳ:おわりに

 フェミのやることは、ただ日本の美徳を破壊し、日本文明の破壊と、『多文化共生』なる時代錯誤のアナーキズムである。戦前において、「内鮮一体」「八紘一宇」なる言葉があったが、あれは大日本帝国の威徳がアジア全域に行き渡っていたからこそ、有意義な言葉であった。しかし、これも、尾崎らコミンテルン工作員が編み出した、「美名」であり、これを押し薦めた極左官僚も多数いる。
 しかし、今の日本は、村山談話や河野談話のときほど悪くはないが、政治力も軍事力もない。経済力も、一部大企業が、無計画な輸出を行ったせいで、急激な円高→産業空洞化を引き起こされた結果、アメリカのハゲタカファンドの「焼畑農法」の餌食である。
 最後に、フェミは、特亜の工作員である。日本の文化力をなくし、特亜の属国にするような、破廉恥行為を繰り返している。このフェミによる工作活動を粉砕するには、まずはフェミの危険性と、男女共同参画法やDV法が憲法違反であることを、世間に知らしめることが肝要である。諸氏に、ぜひとも協力を要請する。小生も、あらん限りの情報収集をし、分析を行って、一助とする。


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