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2月10日に設置。自分の言いたいことを思いのまま綴る。
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1.はじめに

 安倍首相が、売国談話承継の表明と共に、特亜に謝罪を繰り返し、保守派等愛国者にとって、重苦しい日々が続いている。極左連中や、総連・民潭・国内カルト諸団体にとっては、わが春を謳歌していることだろう。さらには、売国マスコミや売国政治家・官僚は、鬼の首をとったかのように、狂喜していることだろうと思う。 
 小生も、歯軋りしながら、首相のふがいない言動に、怒りを禁じえない。維新回天の視野に入れた、諸活動が必要不可欠になってきている昨今である。
 ただ、そう、悲観することばかりでもない。地方では、あの沖縄県知事が、中共の恫喝を突っぱね、「尖閣諸島は沖縄県の一部であり、中共領にあらず」と公言し、視察を行った。国家が動かないなら、地方から。これは、石原都知事のモットーでもある。東京も、沖縄も、極左の巣窟である。その中にあって、国家とは何か、日本人とは何か、を堂々と主張し、実行する首長が誕生してきていることを喜ばしく思う。


2.安倍=麻生ビジョン


1)ビジョン

 安倍首相や、麻生大臣は、「自由と繁栄の弧」を軸とした外交を公表し、展開中のようである。欧州では、NATOへのオブザーバー参加を主張し、オーストラリアとは安全保障協力に関する日豪共同宣言に署名した。いわゆる、アメリカ一辺倒からの脱却を図る動きでもある。


2)極左メディアの動き

 この動きに、サヨクメディアは、耳をふさぎ、報道しようとしない。サヨクメディアは、与党内のチョンボをこれ見よがしに報道し、馬鹿が移りかねない糞タレント連中の三文芸を国民に見させている。はたまた、大晦日に破廉恥コンサートをひらくNHKもある。国民に政治に対し無関心にさせ、その裏で着々と反日運動と、対日工作進展に幇助する。
 また、精々報道するにしても、特定アジアのご機嫌伺いのような内容であったり、捏造報道を繰り返していたりする。背景には、マスコミ各社の大株主や中級幹部といったかたちで、特定団体が蠢いていることが挙げられる。

3)麻生大臣のスピーチ

 以下に、麻生大臣のスピーチ内容を掲載しておきたい。諸氏には、これを元に、極左との論戦や、精神戦争に備えていただきたい。

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 日本国際問題研究所 他のサイトヘは、3年先、2009年の12月に、発足50周年の節目を迎えると伺いました。1959年にできたということでありますが、ちょうど私など、大学の1年坊主だった頃です。なにぶん遊ぶのに多忙を極めておりましたせいか、吉田茂が何をしておりましたか、週末になる度大磯で会っておりました子供の時分よりも、逆にわからなくなっておりました。

 ああそうか、祖父さん、国問研を作ったのはあの頃か、と、今回は認識を新たにさせていただきました次第です。

 さて皆さん、本日は「価値の外交」という言葉と、「自由と繁栄の弧」という言葉。どちらも新機軸、新造語でありますが、この2つをどうか、覚えてお帰りになってください。

 我が国外交の基本が、日米同盟の強化、それから中国、韓国、ロシアなど近隣諸国との関係強化にある。――このことは、いまさら繰り返して申し上げるまでもありません。今回申し上げますのはその先、日本外交に、もう一本さらに新機軸を加えようということであります。

 第一に、民主主義、自由、人権、法の支配、そして市場経済。そういう「普遍的価値」を、外交を進めるうえで大いに重視してまいりますというのが「価値の外交」であります。

 第二に、ユーラシア大陸の外周に成長してまいりました新興の民主主義国。これらを帯のようにつなぎまして、「自由と繁栄の弧」を作りたい、作らねばならぬと思っております。

●資格宣言と、決意表明

 なんとなく、「バタ臭い」ぞと…。つまり下駄履きの似合う男が、西洋仕立ての背広を着て無理しておるなと。

 あるいは、戦争で大負けしたうえ国内外に多大の迷惑をかけたのに、「価値」とはまた、いつから他人(ひと)さまに説教する徳を身につけたのか、と…。

 …いうようなことを、あるいは言う人があろうかと存じます。がそれは私に言わせますと、鏡に映る自分を、ニセモノだ、こしらえものだとどうしても思いたがる、一種の病癖であります。

 きょう、ほかのことは忘れてもらっても結構であります。しかし日本も「いい歳」なんですから、鏡に映した我と我が身にもじもじするような、そんな態度はもうやめましょう、という、そこのところは、胃の腑に落としていただきたい。そう思っております。

 だいたい、尊大にも、卑屈にもならないのが一人前の態度というものでして、こだわりを取り去って虚心に眺めてみますと、今日の日本は、長い歴史の積み重ねがあって成り立っているという、当たり前の事実が見えてまいります。

 民主主義というもの、熟成するには長い経験やら、失敗の積み重ねが必要であります。日本の場合、始まりを明治から数えるのが普通でしょうが、「法の支配」とか「契約の遵守」という考え方は、これは相当古くからあります。「十七条の憲法」だ、ヤレ「貞永式目」だ、と、その始まりの議論にも、なかなかにぎやかなものがございます。

 しかし特筆大書しなければならぬと私ども思いますのは、なんと言っても江戸時代の成熟ぶりです。

 例えば「貸本屋」でありまして、当時は一人の貸本屋に、百人以上得意先があった、と。新刊本が出ると、それを袋に詰めてお得意さん回りを致します。「おぉ待ち兼ねたぞ」と言って、お客は袋の封を切る。…これが今でも映画の世界に残る、「封切り」の語源であります。

 本に印刷された広告などから、読書階級というのが、武家から町人、婦女子まで広がっていたことが知られております。しかも江戸と上方だけではありませんで、どうも全国津々浦々に、無数の貸本屋が本を配って歩いておりました。

 江戸時代すでに、膨大な庶民が娯楽でモノを読んでいたわけでありますから、現代日本で漫画が栄えるワケであります。

 ともあれ江戸時代の日本というのは、珍しいくらい平和に、丸く治まった社会でありました。今ふうに申しますと、「ガバナンス」が相対的にうまくいっていたということでありまして、この土台があったからこそ、近代的な制度が日本の場合はうまく乗った。私などはそう思っております。

 自由とか民主主義、人権や法の支配におきまして、完璧な国など世界中に、ありません。ですがこんなふうに歴史を見返すにつけ、日本は、そういう普遍的価値を重んじる点にかけては、もはや老舗(しにせ)の部類に入りやしませんか、ということであります。

 加えて誰からも、全く後ろ指をさされない、戦後日本の平和主義という実績がございます。60年間大砲はおろか、銃弾の1発も撃たなかった自衛隊みたいな組織が、どこかよその国にあるものでしょうか。

 この頃ではイラクを始めいろんな場所で、自衛隊の諸君が必死に汗をかいてくれました。そのおかげで、制服を着た日本人のイメージも、劇的に変わったと思います。「恐い」という印象は消え、今それは、「笑顔の人」です。「同じ目線に立ち、一緒に苦労してくれる人々」であります。

 と、このような背景や、実績があるわけで、民主主義にしろ平和や自由、人権にしろ、世間一般に通じる「普遍的価値」について、我が日本は、もはや口ごもりません。以上が、「価値の外交」に関する資格宣言、ならびに決意表明であります。

●公約・民主主義各国の、伴走者になる

 ここで目をユーラシア大陸の外周に沿って、ぐるっと見回していただきたいのでありますが、この一円こそは、冷戦が終わり、東西対立が幕を閉じるとともに、激しく変わってまいった一帯です。

 そこを「自由と繁栄の弧」にしたいという、そちらへ話を移してまいります。

 なんでアフリカを取り上げないんだ、と。中南米は大事じゃないのか、と、地球儀を片手にあまり突っ込まれても困ります。

 あとから申しますが、EUやNATOとの協力を今後強めていこうと、そういう動機がひとつございます。そこから自然と思い浮かびますのが、いま申しましたちょうど弧のようになった一帯です。東西対立が終わり、体制が大変化しつつある国々を含む地域です。そこを、「自由と繁栄の弧」に致しましょう、ということでありました。

 それからこの一帯には、当然中近東地域も入るのでありますが、実は中近東政策については別途スピーチする必要があろうと考えておりまして、今日は詳しく申し述べません。

 具体的に、いま私の念頭にありますのは、例えばカンボジアにラオス、それにベトナムです。頭文字をとってCLVなどと呼んでおります一帯です。

 それから、世界に対する資源供給という点で非常に大事な、中央アジアの諸国や、グルジア、アゼルバイジャンなど、コーカサス地方の国々であります。

 さらには今年の夏、私自身が訪問しまして、首都のキエフなど、さすが大国の風格があると感じてまいりましたウクライナ。

 いずれの国々とも、いま我が国は外相会合など、いろいろな接触を定期的に持とうとしております。それによって先方の状況が、格段によく見えてまいります。

 一言で申しますと、「経済的繁栄と民主主義を通じて、平和と幸福を」という道を、多くの国が歩んでおります。これはいつも言いますように、戦後日本がたどった経路、そして最近では、ASEAN諸国が軽やかに通過しつつある道であります。

 けれども民主主義というのは、終わりのないマラソンであります。しかも最初の5キロくらいがとりわけ難所だと、相場は決まっております。

 このとき若い民主主義は、大量の成長ホルモンを出します。それが、社会を落ち着かせる制度作りの方へ向けば結構。しかし若い内は、破壊衝動がまさったりいたします。

 他人(ひと)さまのことを言っているのでは、ありません。1年前、アジア外交のスピーチで申しましたように、日本も戦前戦後、世の中の振り子が大揺れする時期を何度か経て、やっと今日の落ち着きを得ております。

 以下は、そういう国、日本の外務大臣が、公約として申し上げることです。

 我が日本は今後、北東アジアから、中央アジア・コーカサス、トルコ、それから中・東欧にバルト諸国までぐるっと延びる「自由と繁栄の弧」において、まさしく終わりのないマラソンを走り始めた民主主義各国の、伴走ランナーを務めてまいります。

 この広大な、帯状に弧を描くエリアで、自由と民主主義、市場経済と法の支配、そして人権を尊重する国々が、岩礁が島になり、やがて山脈をなすように、ひとつまたひとつ、伸びていくことでありましょう。

 その歩みを助け、世界秩序が穏やかな、平和なものになるのを目指すわけであります。

 我が日本は、世界システムの安定に死活的な利害を託す、大国の一員であります。自らの生存と安定、それに繁栄という、国益の三大目的を追求しようといたしますと、日本くらい大きな国になりますと、世界のどこで何が起きようが無縁ではいられません。

 でありますからこそ、米国はいうまでもなく、豪州、インド、それにEUあるいはNATO諸国という、思いと利益を共有する友邦諸国とますます堅固に結ばれつつ、「自由と繁栄の弧」の形成・拡大に努めてまいらねばならぬと、固く信じるわけであります。

 一言補足でありますが、日本とインドの関係は、例えば日中関係に比べまして、かなり見劣りいたします。人の往来は、日中間が年間417万人なのに対し、日印間は15万人。中国からは日本に8万人以上の留学生が来ておりますが、インドからはわずか400人とちょっとであります。飛行機の直行便も日中間には週に676便飛んでおりますが、日印間はたったの11便という状態ですから、今後数年で、劇的な改善を図って参らねばならぬと考えております。

●ボディランゲージに言葉と名前を

 「自由と繁栄の弧」をつくるのは分かったが、じゃあ何をするんだ、と、お尋ねでありましょう。

 実はまったく実績もなしに、大見得を切っているのでは、ありません。

 10年前、1996年のリヨン・サミットで、我が国の発表した事業がひとつありました。「民主的発展のためのパートナーシップ」、頭文字をとって「PDD」と、当時の外務省は命名したようでありますが、若い民主主義国に対し、ガバナンスの仕組み作りに手を貸そうとするものです。

 この一環では、民主化・市場経済化に向け産みの苦しみを経験しておりましたカンボジアやラオス、ベトナムのCLV諸国、それからモンゴルやウズベキスタンといった国々に対し、法制度、司法制度づくりといった国造りの基礎作業を、集中して支援した実績があります。しかもそれは、PDDのほんの一端に過ぎません。ご存じないとすれば、いかに私ども、宣伝ベタかということであります。

 宣伝ベタついでにもうひとつ。冷戦が終わるや否や、我が国は東欧諸国支援に大々的な手を打っていたことをご紹介いたします。

 1989年の夏は、まだベルリンの壁が落ちておりません。しかし、予兆は日増しに強まっておりました。その段階で、日本政府はアルシュのサミットを機に、ポーランドとハンガリーに対し大規模金融支援策の用意あり、と打ち出しております。

 翌年1月、壁がまさに落ちたばかりのベルリンへ行った当時の海部俊樹総理は、ポーランド、ハンガリーへ、総額19億5000万ドル、日本円では2800億円以上に上る巨額の支援策を発表し、公約を具体化させております。

 ボスニア・ヘルツェゴビナでも、1995年に紛争が終るや否や、日本は5億ドル出しております。二国間では米国に次ぎ2番目の額でしたので、「なんで日本がそこまで」とかえって不思議がられたそうでありますが、今となっては「一番実のある支援をしてくれたのは、結局日本だった」と言われているようであります。

 これが実質上、「価値の外交」でなかったとしたらなんだったのか。私ども、「自由と繁栄の弧」をこしらえようと、「ボディランゲージ」では、既に言っていたのではないでしょうか。

 アジアでも、日本のボディランゲージは、実は雄弁だったのではありませんか。

 1997年から1998年にかけ、韓国とASEANの主だった国が、軒並み通貨危機に襲われました。あのとき我が国は、デフレ不況のどん底。しかし、1998年10月には総額300億ドル、4兆円以上の資金支援を打ち出しました。韓国には約84億ドル、インドネシアに30億ドル…。あれからかれこれ10年経って、韓国にしろASEANにしろ、「自由と繁栄の弧」の、チャンピオンとなったわけであります。

 つまり私がきょう申し上げようとしている新機軸は、実を申しますと新機軸でもなんでもありません。16、17年前から日本外交が少しずつ、しかし地道に積み重ねてきた実績に、位置づけを与え、呼び名をつけようとしているに過ぎないわけであります。

 ですが、位置づけがないと、自分で自分が何をしているのか意味がわかりません。名前もない政策は、国内外の人々に、記憶すらしてもらえません。だからこそ、言葉が必要なのであります。そこを自覚して、明確な言語を与えようとした点に、あえて申しますなら本当の新機軸がございます。

●CDCやGUAMへ

 「日CLV首脳会議」とか、「日CLV外相会議」。「中央アジア+日本」対話や、チェコ、ハンガリー、ポーランド、それにスロバキアを加えた中欧4カ国がつくった俗に「V4(ドナウ川の地名ヴィシェグラードのV)」と称するグループとの対話…。

 これらは定例化するなり、既に定期化しているものは充実させるなりして、まずは関係相手国と頻繁に会合し、対話を重ねていかねばならぬと考えます。個別には、アフガニスタンと既にそのプロセスを始めております。

 その際賢いやり方というのは、日本を深く理解してくれている国々を足がかりにすることです。代表例として思い浮かびますのは、中近東や中央アジアについて知識の宝庫である国、トルコであり、ウクライナについて知ろうとする際、頼りになるポーランドです。

 ポーランドは私、外務大臣として行き損ねておりますが、小泉前総理が平成15(2003)年8月に行かれて驚かれたのは、例によってショパンのことだけではありません。

 「灰とダイヤモンド」などの作品で有名な映画監督・アンジェイ・ワイダさんなどは、京セラの稲盛和夫さんが差し上げた京都賞の賞金を元手に、古都・クラクフに「日本美術技術センター・マンガ館」を作っております。マンガと申しますのは「北斎漫画」のことでして、若きワイダ監督が見て心打たれたという、さる収集家の作品を収めた施設です。

 もっとも、現代日本の漫画人気も大したもので、私のコレクションには、ポーランドの外務大臣がくれた「犬夜叉」のポーランド語版が入っております。

 それからポーランドには「ポーランド・日本情報工科大学」といって、「日本」という名前がついた大学がありますが、この大学ではUNDP(国連開発計画)の協力を得まして、日本からの支援総額35万ドルをもとに、「対ウクライナ情報技術移転プロジェクト」という事業を実施しております。最新技術を使い、遠隔教育の仕組みを組み立てようとする試みです。

 つまり日本に対して理解が深く、地理的・文化的に見て、「自由と繁栄の弧」のうち伸び盛りの国々を上手に助けられる、という…。そういう立場にあるポーランドなどとの協力は、大いにやりがいが出てまいります。

 ポーランドやハンガリー、バルト三国など多くの旧社会主義国は、2004年5月にEU加盟を果たしました。援助される側からする側へ、急転回を果たしたわけであります。

 バルト海まで延びる「自由と繁栄の弧」を、虫食い状態にさせないためには、いわゆる「グアム(GUAM)」の国々……というのはグルジア、ウクライナ、アゼルバイジャン、モルドバを言うのでありますが、この辺一帯を安定させねばなりません。

 それをわきまえているのでありましょう、ウクライナとグルジア、リトアニアとルーマニアが組んで、1年前、「民主的選択共同体」、頭文字を取って「CDC」という名のグループができています。

 目的はずばり、バルト海から黒海、カスピ海周辺という、私どもが「自由と繁栄の弧」でイメージいたしております地域において、民主主義を根づかせようとすることです。

 我が国はCDCやグアムの国々と、なるべく多くの接触を図ってまいりたいものであります。繰り返しますなら、その際はパートナーになり得る国との協力を大いに追求すべきであろうと考えます。

 ちなみに、ただいま日本の外交力強化をうたい、在外公館の数や外交官の人数など大幅な増加を目指しておりますが、今議論しておりますGUAM(グアム)などの地域に、我が国は満足な外交機能を置いておりません。早く充実させたいものと思わざるを得ません。

●なぜ外交にビジョンが必要か

 そろそろ締め括らせていただきます。

 「東は東、西は西」、だと。イギリスの詩人、キプリングの詩をもじりまして、東西はなかなか出会わないんだと言われることがございます。

 が、私は去る5月、ベルギー・ブリュッセルのNATO本部へまいりまして、実を申しますとかなり踏み込んだ内容のスピーチをしてまいりました。

 我が国自衛隊とNATOとに、世界の紛争予防、平和構築といった分野で、これからきっと協力の余地が拡大するだろう、と。それを見越して、今から付き合いを親密にしておきましょうという提案を、させていただいております。

 東は西へ、西は東へ、それぞれ翼を伸ばし、インド洋やらアフガニスタンやらで、日本とNATOが隣り合って働き、汗をかく姿がもはや珍しくなくなりました。

 本日は価値を重視する日本の外交が、ユーラシア大陸の外縁に沿って「自由と繁栄の弧」を築いていこうとするその意欲を、申し上げました。

 自由と民主主義、人権と法の支配の尊重を大切にする思いにかけて、人後に落ちぬわれわれであります。その日本が、21世紀の前半を捧げるにふさわしい課題に、思いを共にする国々と一緒に取り組めることを、私は喜びたいと存じます。米国はもとより、豪州、おそらくますますもってインド、そしてEUや、NATOの加盟各国等であります。

 いかがでしょう、麻生太郎がまた大風呂敷を、と思われたとしたら、2つ申し上げて締め括りとさせていただきます。皆さん、大風呂敷とおっしゃいますが、ビジョンとはたいがいいつも、大風呂敷であります。そして日本外交には、ビジョンが必要であります。

 なぜとなれば、これが第二の点ですが、日本外交のビジョンは、われわれ日本の善男善女にとってのビジョンであります。日本人ひとりひとり、誇りと尊厳をかけるに足るビジョンであるのであります。

 外交とは、国民に、地に足が着き、身の丈に合った、穏やかな自尊心を植えつける仕事でもあります。外務大臣として、日本人を元気にし、自信をもたせる外交を心がけ、そのための言葉を幾万言なりとも語ってまいりたい。そう申し上げて、おしまいにさせていただきます。

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3・国防私見

 今回、小生が構想として温めていた国防論を公開したいと思う。以下は、維新政党・新風に提出した小生の国防論である。今回、時間の関係上、箇条書きにする。後日改めて、論を張るものとする。

 1)再軍備核武装のためのインドとの戦略的提携(原爆+水爆のための共同開発、共同実験+原子力技術とのバーター取引)

 2)アメリカ製武器の依存度低減(通常戦力の戦闘機→ミュラージュ戦闘機への転換。ミサイルはフランス製への切り替え。最新鋭戦闘機は、F22導入。戦車はイスラエル・ドイツ製への切り替え。超音速長距離爆撃機はロシア製で補完。)
 3)フランス製空母を6隻購入 
 4)原子力潜水艦による核兵器保管(イギリス・フランス方式):おおむね100発製造。
 5)島しょう防衛のための師団を7師団新設(陸:4万人、海:2万人、空:1万増強)。特に、沖縄方面での3師団。対馬・壱岐の2師団。小笠原方面の2師団。
 6)レーザー兵器の開発(アメリカ型のレーザー・レールガン導入)
 7)オーストラリアとインドとの合同軍事演習を年6回実施。防中協定を早急に締結。
 8)スパイ養成学校設立(イスラエルのモサドを手本にする)
 9)各隊員の戦闘能力向上のための特殊トレーニング施設設置
 10)防衛大学校以外の防衛大学校・防衛関連学部・学科設置
 11)海上警備のため、海上保安庁を省への格上げ(特殊高速艇の配備:100隻)

 12)防災救助省の設置

  任務:ⅰ)災害救助(元自衛官や消防職員、警察からのレスキュー専門家の選りすぐり)

      ⅱ)災害避難誘導(炊き出し、給水、仮設住宅建設)

      ⅲ)災害復旧資金補填(独立行政法人形式の災害保険会社設立。産業施設・住宅の再建)

      ⅳ)有事の際における避難誘導・住民移動の際の防護(狩猟免許取得者・元自衛官・元警察  官による警備)


  13)インドの核兵器をいくつか取得し、まず日本、オーストラリアへ運搬敷設する。

  14)インドの核兵器製造技術+オーストラリアのウラン資源でオーストラリアで核兵器製造・保管。
     核実験はインドで行う。

  15)原子力潜水艦の日印豪三カ国建造。各3カ国で潜水艦保有。管理。


4.おわりに

 小生の防衛論に、異論を挟む諸氏は、極めて多い。それも致し方ないことであるかもしれない。小生は無学なものであるが、オーストラリアとは、先の大戦では敵味方として渡り合った関係である。また、インドとは、インパールで友軍として戦った経緯があるが、計算高い連中である。
 もっとも、外交とは、「今日の敵は明日の味方。今日の味方は、明日の敵」というのが常である。また、外交とは、戦争の延長線上でもあり、「平和時の戦争」でもある。
 日本は、先の大戦で、アメリカに完全に牙を抜かれた。しかし、今アメリカが再び反日に転向しだした経緯もあり、日本国内の保守派には、反米の機運が高まりつつあるようである。アメリカ一辺倒だった、田久保氏の慌てぶりは、最近の『正論』を読まれた諸氏もご存知かと思う。
 第一、アメリカは、日本軍の捕虜を、飛行機から放り投げ、「ジャップがハラキリした」と嘯いて、日本軍捕虜を虐待しつくした。そのような国とは、軍事同盟は到底成立し得ないだろう。
 それに引き換え、オーストラリアは、海軍将校が、人間魚雷回天で出撃し、作戦途中で死んだ日本軍人を、手厚く海軍葬した。その差はなにか?同じ原住民を虐殺した犠牲の上に成り立つ大陸国。それにもかかわらず、日本軍に対する態度の違いは、日本に対する考え方の違いがあるように思える。もっとも、小生は、不勉強のため、それ以上のことは知らない。
 ただ、アメリカに頼るということは、猫に鰹節の番をさせるようなものである。今こそ、日本独自の防衛ラインを形成し、再軍備核武装を成功裏に収めなければ、日本の未来はないものと、諸氏には理解していただきたい。

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Ⅰ:はじめに

 小稿では、中国共産党との戦いに命をささげる、大紀元の英雄的活動を紹介する。ただし、今回は、大紀元の日本公演について取り上げる。
 中国共産党は、大紀元の公演を世界各地で妨害した。似た名前を用い、公演先と目と鼻の先の会場で騙し公演を行ったり、会場責任者を脅迫したりしている。韓国以外は、怯まずに公演を恙無く終了させることができた。
 やはり、韓国は、中共の奴隷に成り下がる道がお似合いなのだろうか。半万年奴隷・事大主義の国ならではの、大チョンボであろう。


Ⅱ:公演の様子


 1)尼崎公演

 尼崎公演は、日本での最初の公演であった。かなりの盛況ぶりであったようだ。ただ、ここでは、政治的なものは聞けなかったようである。

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【大紀元日本3月10日】欧米社会を魅了した全世界華人新年祝賀祭は10日午後2時、関西・尼崎市アルカイックホールでアジア巡回公演の幕を開けた。優美な舞いと美しい音楽、静と動の巧みな演出、彩り豊かな衣装と旋律の美しさの調和で観客の心をつかんだ。演目が進むにつれて、舞いを演じる出演者らのゆっくりとした、容易に見える動きの中に弛みない訓練のたまものと、鍛え抜かれた身体の練磨が基本になっていることに気がついた観客は、盛唐文化の神髄の再現に賞賛と感動の拍手を惜しまず送った。

 大阪大学名誉教授の畑田耕一氏は、「目から入ってくる色の美しさと耳から入ってくる音が非常によく合っていた。とりわけ、チベットの踊りと平和と信仰の話(『帰位』)がすばらしく、ことばはわからなくても、劇を通して伝わってくるものがあり、最後に希望が持てて終わっているのがよかった。また、ソプラノとアルトの歌もよかった。どの国の人が聞いても通じるものがあったが、特に中国語に非常によくマッチしていたように思う」と感想を語った。
 宝塚歌劇団の渡邉武雄名誉理事は、「全体的に美しく、演目の展開もすばらしい。踊りの動きは日本人にできないもので、感動した。美しい民族衣装は参考になり、民族の多様性もわかった。最後の太鼓の演技も感動的だった。来年もあるなら是非知らせてほしい」と感想を語った。
 京都大学で外科医学を研修しているエジプト人男性は妻とともに鑑賞した。公演は中国の友達に教えてもらったという。「中国の伝統文化には以前から関心を持っていた。すべての演目がすばらしかった。エジプトでも公演してほしい」とうれしそうに話していた。
 ラジオ関西の古川潤社長は「中国は少数民族が多く、その衣装の多様さには目を見張るものがある。チベット民族やモンゴル民族の特徴ある衣装に特に注目した。今年9月に神戸で、華僑の人たちが参加する『華商大会』の誘致が決定した。テーマ委員の一人として、今日の民族衣装のデザインはとても参考になった。最も印象に残ったシーンは、オープニングの『創世』のパッととにかく明るい、おだやかな始まりのシーンだった」と語った。
 日本で舞台監督を務める伊藤精一氏は、デジタル・スクリーンについて「映し出されたものが動くというのはめずらしい。画期的なものだと思う。ダンサーの身体能力には驚いた」と感想を語った。伊藤氏は、14日の関東公演の舞台監督を務める。「今日の公演を参考にして、関東ではさらに良い公演にしたい」と意気込みを語った。

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2)埼玉公演

 埼玉では、政治的な話も出ている。勿論、日本のメディアは、決して法輪功の弾圧に触れないため、怒りの声も出ている。日本でのマスコミや、フェミ、媚中売国政治家によって、中共批判はタブー視されているため、誤解を招いている。
 

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【大紀元日本3月14日】全世界華人新年祝賀祭・日本公演(主催・新唐人日本、共催・大紀元)は14日、会場をさいたま市の大宮ソニックシティに移し、中華伝統文化の神髄(神伝文化)を首都圏の人々に伝えた。寒の戻りを感じさせる冷たい風の天候とは裏腹に、会場内は春の陽気のように暖かさに包まれ、中国伝統文化の香が漂っていた。会場入り口には、シルクの光沢がまぶしい色鮮やかなチャイナドレスの女性たちが華やかさを醸しだし、ホールには、後援の(社)いけばなインターナショナルの春をイメージしたダイナミックな大型生け花が観客を迎えた。

 午後2時からの公演は15分ほど遅れたが8割近い観衆を集めて行われた。終演後に聞かれた観客の反応は演目については中国伝統文化を真、善、忍という価値観に基づいた芸術として紹介しており、心温まる演目だったという人も多かった。同時に、この瞬間にも中国国内で迫害に苦しんでいる人々がいるということに心を痛めたと言う人もいた。また、日本人観客らからは、さらに共産党が紹介するさまざまな公演ではひたすら政治スローガンを金切り声で叫ぶ印象があったが、ここでは仏教伝来から始まる本来の文化を伝えているという印象を持ったという。

 公演のコレヲグラファー(振付家)とリードダンサーを務める李維娜(Vina Lee)さんは、観客の反応について、「第一部では静かだったが、第二部にはいると熱い共感を得ながら演じることができた」と言う。また20以上の都市での公演を重ね、いずれの場所でも多くの人の共感を味わった。さらに、中国唐代の文化を最もよく残していると言われる日本で感じたことは、人々の優しさと勤勉さであり、中国唐代の人たちはきっとこのようだったのではないかと感じさせられたという。幕間のあわただしい中、インタビューに応じてくれた李さんは夜の部に向けてあわただしく楽屋入りしていった。

 唐の時代は中国史上最も栄えていた時代であり、各種の芸術はその時代に頂点を極めた。たとえば、詩、舞踊、書道、建築および大乗仏教などがその流れをくんでいる。日本人にとっては、今日の公演を最も見るに値するものである。なぜなら、日本は中国の唐の時代の文化を保持してきた国であり、唐の時代の民俗などはいまだに日本人の日常生活中によく見られるのである。

 また、日本は隋の時代から遣隋使を派遣し始め、続いて唐の時代に遣唐使を派遣し、しかも唐の歴史289年間のうち、遣唐使の歴史はなんと276年間となっており、遣唐使は唐の始まりから貞観の治と開元の治などの唐の全盛期を経て、少しずつ唐の文化の真髄を日本に紹介してきた。特に京都、奈良という町は中国の長安を模倣して作ったものであり、両都市に保存してきた大量の寺院や街づくりのスタイルには依然として中国の長安時代の影が見える。日本人にとって唐の歴史は遣唐使の歴史であるといっても過言ではない。

 ある男性は「『創世』の背景に大明宮の絵がありましたが、それを見ると親近感を覚えます。さすがに中国ですね、奈良付近のお寺、たとえば法隆寺、東大寺、その建築スタイルは中国からの影響が大きいですが、大明宮の規模、気勢に比べるとまだ程遠いです」と述べ、さらに中国大陸のものとはどのように違うのかについて「内包の深さを感じた。中国文化の真髄、また中国伝統にある天や神仏を敬う精神を実感した」と驚きを示していた。

 在日歴15年でソフト開発の仕事をしているスコット・マクレナンさん(オーストラリア出身)は、中国語を勉強して四年になる。公演のことはネットで知った。「オープニングの『創世』をはじめ、すべて美しく、よかった。特に、二胡の演奏はすばらしかった。来年もあるなら是非鑑賞したい」と感想を述べた。また、中国大陸の状況について「法輪功の迫害についてもよくわかった。中国語の勉強のために中国人とチャットやメールをやりとりして、政治の話になると必ずやりとりが打ち切られる。しかし、中国大陸は資本主義に移行しており、ベルリンの壁やソ連の崩壊のように、中国共産党は必ず崩壊すると思う」と述べた。

 中国人の友人から知らされて公演を観に来た大曽根信子さんは、「中国のこのような公演は初めて、満州族やチベット族など、さまざまな民族の特徴が出ていてよかった。特に、最後の太鼓の演技は素晴らしかった」と感想を述べた。「法輪功の迫害がいまだに続いているのを知って驚いた。日本のメディアがほとんど報道していないのはどうしてなのか」と中国で起きている迫害の事実が隠蔽されていることに憤りを示した。
 
 ブランドファッションの店を経営する吉沢さんは、「第1部の後の休憩時間に、『創世』の音楽はとてもすばらしく、涙が出た。中国の文化は悠久の歴史を持っており、この上なく美しいということが感じられる。人類は天国からこの人類社会に下りてきたので、みなそれぞれ異なる生活方式であるように見えて、実は同じ国に暮らしているということだと思う。今日の公演のすばらしさを是非、私のすべてのお客さんに伝えてあげたい」と興奮気味に語った。

 埼玉の野村さんは、「『創世』の主仏の手の動きがとても印象的で、気に入った。また、主仏が世に降臨するときのバックの天幕が非常に壮大で、真実味があり、舞台の俳優さんたちととてもうまく溶け合っていた」と語った。

 東京都議会議員の土屋敬之氏は、「演目『創世』は日本人には親しみやすかった。おそらく、日本の文化が中国から伝わってきたものだからだと思う」と語った。

  土屋氏はさらに、「法輪功学習者への迫害に関し、善には善の報いが、悪には悪の報いがあることを伝えている『帰位』に深く感動した。法輪功が中国で迫害を受けていることは知っており、法輪功学習者のさまざまな努力にも感心している。今日の公演は、演目が豊富で奥深いものがあり、踊りもすばらしく、大切なメッセージを優雅で美しい芸術を通して伝えることに成功しており、多くの人に法輪功の真相を知ってもらうことができるにちがいない」と感想を語った。

  埼玉の野村さんも、「『帰位』を見て、私たちは人として歩むべき道から逸れてはならないということを感じた。法輪功学習者が迫害を受けている事実をすべての日本人に知ってもらいたいと望んでいる。今日の公演は、音楽も踊りも美しくすばらしかったが、中国共産党政権下の中国では決して見ることができないと思う。今日の公演で、日本人と中国人の友好的な交流が深まるだろう」と語った。

 日本に10年あまり暮らす華僑の林さんは、「神韻芸術団の公演に深く感動した。こんなすばらしい公演を見たのは初めてだ。特に踊りは、衣装から動きまで美しく、周りの日本人もみな、美しさに驚き、ため息をついていた。今日の公演は、中国の真の伝統文化を伝えるのに大きな効果がある」と語った。

  林さんはさらに、「岳飛の背中に母親が「精忠報国」(忠を尽くし、国に報いる)の文字を刻むという話はよく知っていたが、これが舞台で再現され、本当に感動した。また、法輪功学習者が今正に迫害されているということは、中国国内の多くの友人から教えてもらって知っている。これは絶対に変えなければならない」と語った。

 林さんはまた、「新唐人テレビがこんなに短い期間で、これほどすばらしい芸術を見せてくれるとは、本当に驚きだ。今後もがんばっていっそう輝きを増すよう望んでいる」と語った。


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 3)公演内容に対する全体の感想

 盛唐時代の文化は、日本に根付き、独自の進化を遂げ、日本特有の文明に溶け込んだ。その結果、アジア=日本という図式も、欧米各国に根付いた。中共ではすでに死んだ徳目を残す日本において、本来中国文明がもっていた輝きが再現されたことで、多くの感動を呼んだ様だ。


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【大紀元日本3月13日】「全世界華人新年祝賀祭」の日本関西での初公演後、主催者側が事前に来場者に配布したアンケートを集計した結果、演目の内容、振り付けや色鮮やかなコスチューム、演出の素晴らしさを賞賛する言葉がいっぱいだった。特に、「創世」の舞踊に震撼され、神韻芸術団の精彩を放つ演出と中国文化の奥深く博大な内容に感嘆してやまなかった。観客は今回の演出はまるで神が演じているようだと、感動のあまり涙がこぼれたと感嘆した。また、来年の日本公演も是非観たいとの意見が多かった。

 下記はアンケート調査の一部内容の抜粋である。

・ 若いOL:演出は非常にきらびやかに輝いており、とても優雅で美しかった。私は、演出で表された世界観に敬服した。「燭光」および最後のソロ歌唱に心が震撼させられた。

・ 70代男性:今回のステージは本当の芸術を表現したと感じた。優雅で力強い演出は私に生きる希望をもたらしてくれた。

・ もう一人の70代男性:演目の内容は豊富で、私は出演者たちの演技に感動した。輝かしい中国文化の演出をみることができて、本当に感謝している。

・ 会社勤めの中年女性:音響、照明などはすべて適切であり、本当に美しい...私は日本人だが、今晩は中国の伝統文化に触れることができて、本当に有意義だった。

・ 大阪府在住、20代男性の曲さん:出演者の芸術感覚が非常に強く、海のように百の川を包容しているようだった。

・ 若い中国人女性:5千年の中華文化を今日やっと見ることができて、本当に良かった。新唐人テレビ局に感謝する。

・ 中国大陸から来た20代の男子学生:今回の公演が観られて本当に光栄である。これもまさに真正の中国伝統文化の世界への広がりである。近い将来、発祥の地である中国大陸でも公演ができるように祈りたい。

・ 20代のOL:燦爛とした世界観で魂が激しく揺り動かされた。とてもすばらしい。「燭光」の最後の歌声は琴線に触れた。

・ 10代の女子生徒:今回の演出内容で中国文化をより深く理解できた。各演目で色んなストーリーが分かり、本当に嬉しかった。

・ 20代のOL:感動した。特に「創世」、「造像」の演目に感動して涙が出た。ステージはとても美しかった。来年も来日して欲しい。私はこの演出を観ることができて、本当に光栄で、とても感謝している。

・ 奈良から来た主婦:非常に良かった。まるで神が演じているように感じた。私は感動して涙が出た。

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Ⅲ:おわりに

 日本公演が、中共の妨害工作に屈することなく、無事成功したことを、心より喜びたい。また、現在も続く中共による法輪功弾圧や、チベット・東トルクメキスタン・南モンゴルでのホローコスト、台湾や香港に対する恫喝に対し、日本人が関心を持ち、中共の残虐性を理解できるようしなければならない。
 また、中共に阿ね、靖国をいいように弄くったフェミや売国政治家・官僚、プロ市民連中、総連・民潭活動家、キリスト系・仏教系カルト団体に対し、精忠報国の気概で立ち向かうことは、言うまでもない。今後の、諸氏の出来る限りの愛国運動を期待したい。小生も、あらん限り尽くすものとする。

Ⅰ:はじめに


 小稿では、男女共同参画法廃絶にむけた指標を示すこととする。最近のフェミニズムの暴走には、目に余るものがあるため、今回の起稿となった。
 民主党の千葉議員が、弁護士資格保持者でありながら、首相の「子供は国の宝」発言に対し、「軍靴の音」を感じたかのような発言をしたこと、社民党の福島議員が弁護士でありながら、「子供を埋めたい」という不適切発言を行ったこと、に並々ならぬ危惧を覚えたためである。


Ⅱ:男女共同参画法廃絶の指標


1、指標


 この天下の大悪法を廃絶する手がかりは、千葉県市川市の条例改廃である。市川市は、宮崎県都城市のように、非常に過激なジェンダーフリー条例案を改廃したことで、フェミニストにとっては悪夢のようなできことであった。しかし、その直後、国分寺市で同様の過激なジェンダーフリー=フェミニズム条例が通過したことは、保守派にとって痛恨の極みであった。


2、市川市の事例


 改正前は、まさに「日本滅亡のための条例」というべきものだった。改正後にも、やや不満が残るが、フェミニストの嫌がる単語がそこかしこにちりばめられ、条例内容は激変した。今後の男女共同参画法廃絶に向けた動きにおける、一指標といえるものだろう。


 1)改正前の問題点:


 以下に、改正前の問題点を箇条書きした。内容としては、日本の古来からの美徳を破壊するための、ジェンダーフリー条項といって過言でない。家族をばらばらにする発想は、福島議員が日頃提唱する「家族解散式」を思い起こさせる。
 福島議員は、DV法という、強制離婚を伴う悪法を強引に可決させた張本人である。彼女の頭には、「結婚=人生の敗北者」という図式しか存在し得ないようにも、感じられる。

①前文「男女が性別に関わりなく」「男女平等社会の実現の障害となる性別役割分業意識がいまだに根強く残っており」


②第1条「男女の実質的な平等を実現するため、それを阻んでいる要因を取り除き」「自立した個人として」


③「積極的格差是正措置(ポジティブ・アクション)」、「市の附属機関の委員の構成において、男女いずれかの委員の数の割合が4割未満にならないように務めなければならない」 


④「『男は仕事・女は家庭』という固定的性別役割分業意識に縛られることなく、家事、子育て、介護等の家庭の営みに家族全員が関わり、その責任を共に分かち合える家庭」


⑤「男女別実施による運動種目の設定、男女別室での着替えなど、思春期の性別に配慮した教育」「心と体のバランスや生命の尊厳に配慮し、発達段階に応じて適切に行われる性教育」


⑥「セクシャル・ハラスメントのない教育」


⑦「性別により直接的又は間接的に差別されることなく、その人権が尊重される社会」



 2)改正点:


 改正点の大きな特徴としては、改正前にあった家族破壊思想が消滅し、家族重視の条項に変わったことである。家族破壊から家族重視に変えるだけで、共同参画条例が骨抜きになることが、今回の条例改廃で明らかになった。
 以下、改正点である。

 ①前文・第1条・「積極的格差是正措置(ポジティブ・アクション)」・「市の附属機関の委員の構成において、男女いずれかの委員の数の割合が4割未満にならないように務めなければならない」・「ジェンダーを解消する」「性と生殖に関する健康と権利」を削除

②第2条を「男女共同参画社会とは、男女がその特性を生かし、必要に応じて適切に役割分担しつつ」という表現に変える


③「男らしさ、女らしさを否定することなく、互いにその特性を認め合い尊厳を重んじる社会」に変える


④「専業主婦を否定することなく、現実に家庭を支えている主婦を、家族が互いに協力し、支援する家庭」に変える


⑤「子を産むという女性のみに認められた母性を尊重するとともに、育児における父性と母性の役割を大切にし」に変える


⑥「必要に応じて適切に名簿の作成が行われる等、区別と差別を混同することのない教育」に変える



 3)改廃反対派の問題点


 改廃反対派の急先鋒、石崎議員は、当議場で、セックス絵本を「孫にも読ませたい」と堂々と言ってのけ、壇上からその性教育本を振りかざし、傍聴席全体から失笑を買ったという情報を入手した。あと、市川市役場や議会にFAX攻撃するよう触れ回り、実行に移したとの情報もある。
議場では、猥褻物頒布罪または、猥褻物陳列罪。公務以外では、威力業務妨害罪、または公務執行妨害罪を犯したわけである。
 そのほかの問題点を箇条書きにしてみた。

①新条例の上程にいたる経過・事前の話し合いなどについての不満たらたら、つまり内容への反論ではなく単なる手続き論の展開

②固定的役割分担絶対悪論、社会慣行の中性化など教条的内容を万古不易の価値であるかのごとく言いつのり、新条例にそれらが削除されていることへの不満表明

③性の差をも差別との立場に立ちながら、性を売り物にした井戸端会議論


④保守派議員の発言時は野次を飛ばし、改廃反対派の出番になれば拍手をするという、幼稚な態度をとる



 4)条例における違憲性・違法性

 「性と生殖に関する健康と権利」なるものは、一方的な女性の権利の主張でしかなく、現行憲法24条における「両性尊重の精神」に反するばかりか、胎児の生命軽視につながり、刑法の堕胎罪に抵触、母体保護法にも違反する、まさに憲法違反・法令違反の代物である。
 さらには、「性と生殖に関する健康と権利」のうち「権利」は国際的にも認められていない。事実、憲法98条2項では、「条約や国際的取り決めは遵守する」、となっているため、改廃前の条例は、行政法に基づけば、無効であり、成立し得ない。少なくとも法規違反の条例案は、改廃しなくとも本来成立自体しなかったが、当時の議会が全会一致で承認してしまったので、新たな法律行為として有効になってしまった。
 


 5)人権学説からみる、改廃前条例の問題点

 人権に関する学説について、①直接適用説:憲法の持つ法原則は、社会のあらゆる領域において全面的に尊重されるべき。②間接適用説:直接適用しないが、憲法の趣旨を裁判所が解釈適用し、私人間の人権対立を調整する、③不適用説、以上3学説がある。
 判例は、間接適用説を採っており、例外的に投票の秘密保障、奴隷的拘束・苦役からの自由、家庭生活における個人の尊厳と両性平等、児童酷使禁止、労働基本権が、私人間に適用されるとしている。ただ、これら学説は、結局のところ、共通して、民法に定める私的自治の原則、契約自由の原則に反する。理由は、憲法は、元々国家と国民との関係を規律するものである。
 そして、間接適用説における欠点は、①人権侵害の領域をどこにするかで、人権規定が無制限になったり、人権保障がなされなくなる、②人権規定と形式上矛盾する法律関係を規定する自由も、憲法上保障されることになる、以上二点があげられる。つまり、法の支配の原則に反することとなる。
 また、間接適用説の構造上の問題点は、憲法の趣旨に、民法の規定を類推適用するという意見もあるため、私権の拡張を、女について無制限に認めてしまっていることがあげられる。




Ⅲ:おわりに

 男女共同参画法は、法的安定性を悪用し、具体的妥当性を完全に否定しつくしたという点で、日本を人治国家に転落させる、黒い目的があると断言できる。
 そもそも、法的安定性とは、①社会秩序維持②行動基準③拘束力ある制約、を指し、かつ、その一方で、正義の実現や最適利害調整を目指す法解釈を行うための具体的妥当性がなければ、法律として制定できない。
 よって、市川市における条例改廃は、市政上の正義の実現や最適利害調整を目指すためであった。背景には、フェミニスト議員の横暴に対する、市民・市民の代表である保守派議員の不満があった。また、上野千鶴子の不遜発言で、保守派議員が発奮したことも考えられる。
 今後、男女共同参画法廃絶には、市川市のように、保守派や市民が連帯を形成し、法律的に猛勉強を行い、結束を維持し続けることが、必要最低条件である。今後の改廃運動に期待する。



Ⅳ:追記


 とある新聞によれば、現条例支持の審議委員が、五月十一日までの任期を残したまま、10人辞任したそうである。記事によれば、『可決後初めて新条例の趣旨を説明したところ、白井会長(千葉県立衛生短期大学名誉教授)らは記者会見を行い、「新条例は受け入れられない」として、この日で審議会委員十人が辞任すると発表した。』となっていた。
 市川市側は、退陣した10人に対し、「男らしさ・女らしさ」を否定するジェンダーフリーの嵐が吹いているとの認識を示しつつ、「現行条例を見ると随所にジェンダーを否定するともとれるような規定がなされており、これが歪曲(わいきょく)された『ジェンダー・フリー』の思想、解釈に結び付けられるおそれがあった」として、議員提案によって現行条例が全面改正された理由を説明したことにより、反発をうけたようである。
 現条例が五年前、全国フェミニスト議員連盟代表の石崎たかよ市議(市川市民会議連合)が中心となり、議員提案で成立したものであることを、改めて印象付けるものとなった。今後、新たな委員の選定・補充が行われ、教育現場など、新条例の下でさまざまな政策の是正が進められるものとみられる。
 
1.はじめに

最近、女をみても、全く色気もなにも感じない。いや、むしろ、小さい頃深夜TVに出ていた、トゥナイトをみても、汚い裸体を晒しているようにしか見えなかったのは、自分だけだろうか。はっきりいって、女とは本来、男を興奮させるだけの魅力を持っていたものだ。性的興奮、恋愛感情的興奮、どちらかに偏るか、バランス良くか、それは保障できない。顔貌などは、二の次の次でしかなかったはずだ。昔の田舎では、銭湯で、男湯と女湯の壁仕切りの隙間を利用して、事におよんでいたカップルが多かったし、これが縁となって縁談がまとまったと、高齢者からよく聞いた物だ。だが、最近では、やたら女が表面ばかり気にしたり、権利・人権ばかり主張してばかりいる。これでは、世の中の女から、魅力たるものが消えうせていく。そして、誰も結婚したいという気がうせていくのではないだろうか。


2.フェミニストの危険性


 フェミニストといえば、だれもが思い当たるのは、上野千鶴子や田嶋陽子だろう。他には、福島瑞穂、辻本清美、清水燈子。共通して、やたら男に対して攻撃的で、男が下手にでないと、腹を立てる。しかも、やたら北朝鮮を礼賛する。まさに、遅れてきた田英夫や筑紫哲也といったところか?いや、むしろ、それよりも性質が悪い。なんといっても、男女共同参画法という、日本の北朝鮮化政策といっても可笑しくない法律を、これ見よがしに、絶賛する。その中でも、上野の場合、「なにも知らないオジンどもは、すんなり法律を通した。ばかな坊ちゃん、ざまーミロ」と、週刊新潮の記者に言い放ったとも聞く。これは、人権擁護法案の下ごしらえというものだろう。どう下ごしらえかといえば、憲法の上に君臨する法律を制定したという、前例であることだろう。男女共同参画法のおまけは、女の凶暴化だ。最近の女は、仕事のストレスを、旦那や恋人にぶつけるそうだ。本屋にも、そういった本がある。だが、フェミニストというのは、常に男が悪くないといけないようだ。決して、男の被害者の言い分は聞かれない。体よく追い返されるのがオチだ。
 おまけに、トドメというべきDV法などは、大量のDV冤罪を生み出している。ろくな取調べもしないまま、勝手に調停で「離婚にサインしなければ金がかかる」と、裁判官が脅す。まさに、法の番人が悪魔の代弁人に代わった、というべきか。実に嫌な、世知辛い世の中になったものだ。もちろん、この場合男が被害者だが、女のほうも被害者になる。最近のTVで、やたら離婚の奨めを説くフェミニストが出演していたが、どう見ても、発音といい、風貌といい、日本人ではなかった。この出演者は、離婚したものがどれだけ苦労したか、どれだけトラウマに悩まされるのかを書いた、苦悩本を読んだことがないのだろうか?もし読んだとしても、良心の呵責など、起こらないのだろう。むしろ、フェミニストは、世の中が不幸になったのをみて、仕事が増えて大喜びしているようにしか見えない。昔の頃から見れば、随分自信に満ちているようにしか見えない。確信犯というべきか?肥溜めの中に放り込まれても、肥溜めが気分を壊して、吐き出しそうな、醜悪な面構えのフェミニスト。心の闇は、イカ墨よりも真っ黒だろう。



3.日本フェミニストの由来:

日本のフェミニストは、どうみても、連合赤軍を髣髴とさせる。いや、女であることを完全否定しているのだから、まさに連合赤軍の永田のコピーロボットだろう。最近では、やたらエロフェミニストが目立つので、こういったタイプは希少種となりつつある。しかし、今も絶対的権威を保っている。どうでもいい話だが、『新・国民の油断』で、面白い文脈を見つけた。これは、AMAZONに出ていた書評である。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569638120/原文のまま抜き出してみた。やたら気分を害する内容だが、我慢して読んでいただきたい。

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●第4章 “ソフトな全体主義”の足音が聞こえる 

ジェンダーフリーの原点は連合赤軍
                
ジェンダーフリーや性教育の考え方というのは、けっして新しいものではなく、1970年代のものだということの例を挙げたいと思います。
全共闘運動の行き着く果てに「連合赤軍」事件がありますが、連合赤軍の思想とジェンダーフリーの発想とは驚くほど似ており、「そのまま、そっくり」とまで言えるものです。
というより、ジェンダーフリーは連合赤軍の思想そのものなのです。
ジェンダーフリーの発想は、さかのぼれば社会主義思想の初めからあるものです。
「男女の区別」の否定はシャルル・フーリエに始まります。それをマルクス、エンゲルスが継承し、レーニンがロシア革命時に実施してロシア社会を大混乱に陥れます。
スターリンが、これではいけない政策を転換し、女性を母性として尊重して、家族を重視することにします。
「連合赤軍」はレーニンまでの思想を、そのまま引き継いでいます。森恒夫が率いる赤軍派と永田洋子率いる京浜安保共闘がドッキングして「連合赤軍」になりますが、その女性リーダー永田洋子が書いた「十六の墓標(上・下)」(彩流社、昭和五十七年、同五十八年)「続・十六の墓標(彩流社、平成二年)という本があります。
 これは、総括リンチで彼女たちが殺した十四人と、上赤塚交番襲撃で死んだ柴野晴彦と東京留置所で自殺した森恒夫の墓標という意味です。
 この本で、リーダーの森恒夫の言動をいろいろ紹介しているのですが、森が、女性の闘士たちを批判する根拠として、「女性であることを意識して活動している」ことを挙げたといいます。さらに、森は、「女性であること、それ自体を否定した」と書いています。
 森は、女性闘士が口紅を塗ったり、髪をとかすことが、すべて「ブルジョア的」であると批判するのです。あるいは、こうも発言しています。「女はなんでブラジャーガードルをするんや。あんなもの必要ないじゃないか」「どうして生理帯が必要なんや。あんなものいらないではないか」と。
 身体的なものも含めて、女性であること自体を否定したのです。森は、「女の革命家から革命家の女へ」という言葉で、女性である前に革命戦士でなければならないと強調するのです。
 これは、今日、ジェンダーフリー派が言う「「女らしく」よりは「自分らしく」「人間らしく」」「女性である前に一人の人間でありたい」というフレーズと見事に符合します。
 森は女性が「女らしく」するのは、それまでの生活を通して身につけた「ブルジョア的な男性観」に呪縛されているからであり、彼女たちが革命戦士たり得るためには「女らしさ」の意識を「止揚」しなければならない、と述べて、ある女性活動家を総括(リンチ)殺害しています。
 こういう場面を目の当たりにして永田洋子が行き着いたのは、自らの女性の本性を抑圧して「中性の怪物」になることだった、と彼女は述べています。
中性の怪物」になるというのは、「男らしさ」「女らしさ」を否定するジェンダーフリーの発想そのものです。
 この点に関して、大塚英志氏が「「彼女たち」の連合赤軍」(角川文庫、平成十三年)の中で、「ファッションから性的身体に至るまで、すべての女性性全体の否定という形に集約されていた」と指摘していますが、まさに連合赤軍は、女性の女性性を否定し、男性の男性性を否定する。
男である前に、女である前に革命戦士でなければならないと求めたのです。
 この思想が進化を遂げてジェンダーフリーとなり、冷戦後に、全共闘世代が社会の実権を握る世代となって、一般化していったのではないかと思います。
 いま、日本中に蔓延している運動の淵源が、七〇年代の全共闘世代の発想にあり、「連合赤軍」に凝縮された形で現れ、すでに実践されていたということは興味深いと思います。

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4.フェミニストは拉致否定が大好き

 日本のフェミニストは、現在では、男女共同参画センターや、DVシェルター、女性センターに巣食い、ノウノウと人生を渡っている。フェミニストの親玉たちは、くだらない内容の本を、小難しい表現でかいて、もっともらしい、もったいぶった内容で書いているが、なんてことはない。中身は、過激派のアジヒラそのものだ。多分、今も学生気分で生きているのだろう。どうでもいいが、バイブレーターにサインを入れて、嬉々としているフェミニスト、辻本清美もいる。これは、ネット上にも幾タイプの画像が出回っている。何回見ても、嘔吐を催す、汚らわしいものばかりだ。週刊新潮では、やたら男を敵視した女が、揃いもそろって、男の存在否定を叫んでいたそうだ。男がいなければ、生きていけないような、お嬢様育ちでしか無いくせにだ。おまけにだ。辻本の旦那は、内縁で、日本赤軍のメンバーで、いまはアングラな雑誌社の編集長をやっているそうだ。バブルのときは、相当羽振りが良かったそうだが、今は、万峰山号が入ってこなくなったせいで、ジリ貧だそうだ。
 それはそうと、日本赤軍や連合赤軍は、北朝鮮を理想郷であるかのように、アジヒラを売っていた。そのアジヒラを地でいくようなことが、埼玉で起こった。さいたまの男女共同参画センターで、日本チュチェ思想研究所がシンポジュームをやったそうだ。この集団は、拉致に関係していると、公安からマークされている。事実、ここの代表が指揮し、有本氏の拉致を行った、と日本赤軍メンバーが、裁判上証言した。こんな集団を入れるとは、フェミニストは拉致解決がよほど気に入らないようだ。事実、清水燈子などは、朝鮮総連の集会で、拉致否定ばかりやっている。朝鮮総連の機関紙では、常連だそうだ。はっきり言えば、フェミニストで拉致被害者救出集会に出席した輩は、1人もいないのだ。なにしろ、拉致被害者の会は、家族ぐるみで活動している。家族を、「家族制度」と毛嫌いするフェミニストもいる位だ。



5.さいごに

フェミニストとは、男を憎み、家族を憎み、自分の生まれ育った地域や、国すらも否定する。そして、海外まで出かけていって、やたら日本を扱き下ろすことに快感を見出している。男や家族、地域、国を否定するということは、自分の存在を否定する、ということに未だに気が付いていないようだ。「馬鹿は死んでもわからない」というが、まさにそうだろう。フェミニストの甘い言葉に、多くの人間が騙され、今になってようやく間違いに気が付いた。その一方で、フェミニストは自分たちの過ちを理解しないまま、恥の上塗りを繰り返している。
家族とはいいものだ。フェミニストのように、一人ぼっちがいやで、ただ単に集団で群れ、多少の考えに違いがあったら、徹底攻撃するような、心のミミッチイものにはなりたくないものだ。フェミニストにいったところで、馬耳東風、糠に鎹、暖簾に腕押しだろう。


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